恋する放課後 第一話   学生パラレル


 「佐助、プレステを貸してくれ。」
 ジャンプのページをめくる手を休め、佐助は幸村を見やった。何か聞き間違いをしたのだろう。すごい幻聴が聞こえた気がする。佐助は時計に目をやり、休み時間が残り少ない事実に、ああもったいないと惜しみながら、ジャンプを閉じた。ジャンプは政宗からの借り物だった。
 「旦那、何か、言った?」
 「うむ。」
 幸村が何か言ったのは確からしい。
 「何て?ちょっと、よくわかんなかったんだけど。」
 「プレステを貸してくれたと申した!」
 「プレ、ステ…。」
 プレステージの略か何かだろうか、しかしあれは映画だから見に行くもので貸すようなものではない。だいたい、幸村の好みから外れている。幸村は武士道や戦隊ものを好んだ。佐助は首を傾げた。まさか、プレイステーションのことだとは思わなかった。他の相手ならいざ知らず、相手はあの幸村だ。機械音痴で時代錯誤で、現に今も時代劇口調で話しているような幸村だ。プレイステーションなはずがない、という先入観が念頭にあった。
 幸村は真剣な顔で、場違いなほど厳かに説明した。
 「プレイステーション2とかいうゲーム機種の略だ。佐助は持っているはずだから、元親殿が佐助に借りろと言っていた。ソフトは貸していただけたのだが…。」
 無念だ、と告げる幸村の手元を見て、佐助はそれこそ絶句した。ぱさり、とジャンプが音を立てて手から滑り落ちて床に着地した。お世辞に言っても、教室の床はあまりきれいではない。おおざっぱに見えて、その実、神経質なほどきれい好きな政宗に怒られること必須だ。
 しかしそんなジャンプが落ちたことにも、佐助は気づけなかった。
 幸村の手には、有名なときめく思い出の恋愛ゲームがあった。
 あのやろう元親何考えてやがる、と貸した元親に腹を立てる以前に、佐助はなぜ幸村がそんな似合わないにもほどがあるゲームをプレイする気になったのか、そちらの方が気になった。
 「だ、旦那…。そのゲーム。」
 だが、幸村はああだのううだのと口ごもり、答えてはくれなかった。


 「それで、俺に訊いてみてくれないかと。」
 「うん。」
 隣のクラスの政宗に、結局新しく購入したジャンプを返しに来た佐助は、政宗の言葉に頷いた。政宗はふむと思い出すように顎に手を当て、言った。
 「そういや、お前の幼なじみのかすがって言ったか?」
 「うん?かすががどうかした?」
 「謙信先生からまた聞きだったから、正直、いくら謙信先生の言うことでも信じちゃいなかったんだが。」
 根拠がなくとも断言する、常に自信に満ちあふれた政宗にしては珍しく、それは迷った様子だった。視線が泳いでいた。佐助は不安を煽られ、けっこう本気で背筋が寒くなった。嫌な汗が額に滲んだ。
 謙信先生は保健室の先生で、白衣の似合う性別不明の美人だ。柔道部の顧問の信玄先生と何か因縁があるらしいこと、かすがが入れ込んでいることなどで有名である。佐助からしてみれると、あまりに謙信に有利なので恋敵にもなれない恋敵だ。
 政宗は苦り切った口調で告げた。
 「あいつ、かすがからも何か色々と借りたらしいぜ。くだらねえ本。」
 「くだらな…?相手がかすがなんだから、エロ本ってことはないでしょ?何借りたの?」
 「似たようなもんだ。あれだよあれ。boysloveとかいう。」
 佐助は目を見張った。
 「まさか!」
 ボーイズラブというものを、佐助は不本意ながら知っていた。幼なじみのかすががハーレクインや宝塚と同じくらい入れ込んでいた。普段、かすがは佐助のことを毛嫌いしていて、半径5メートルを絶対領域として近寄らせないくせに、男同士がいちゃいちゃしている、俗に言うボーイズラブ的な同人誌の締め切り間際になると、ベタやらトーンといった細かい作業を佐助にさせるのだ。かすがは手先が不器用だった。
 幸村がボーイズラブに興味があるのかどうか、佐助は知らない。だが、幸村の手には女の子をくどく歴代シリーズ以外にも、男をくどける女性向けのときめくソフトも握られていた気がして、佐助の否定の叫びはあえぎ声に似たものにしかならなかった。はたして幸村はどこに行こうとしているのか。
 柔道部などむさくるしいにもほどがある男所帯だ。他の学校は違うのかもしれないが、信玄先生が顧問ということもあってか、幸村の所属する柔道部は、汗と涙の男汁で構成されているような男臭い団体だった。あの土壌が幸村のような男を生み出すのだろうとつねづね佐助は思っているが、そんなところで育った幸村がその道に進むとなると、それこそ本気で見苦しいこと請け合いだろう。薔薇族という単語が、佐助の脳裏に流星のようにきらりとひらめいた。
 佐助の雰囲気から事情を察して、政宗が頭を抱えてうめいた。
 「こりゃ、…とんだ災難だな。」


 その日の放課後。
 「か、」
 50メートル手前。佐助が手を振り呼びかける前に、かすがは眉をひそめると背を向けて歩き出した。とりつくしまもない。締め切り間際以外は、かすがの佐助に対する態度はつねにこんな感じだった。
 しかし、政宗に課せられた佐助の任務は、かすががどのような事情で幸村に本を貸すに至ったのかを聞き出すことなのだ。幼なじみなんだから楽だろ、というのが政宗の言い分だった。
 それは、佐助がどれだけかすがに毛嫌いされているかを知らないから、だ。佐助はにじんだ涙を袖裾でぬぐって、駆けだした。ここでおめおめと引き返したら、何を言われるかわかったものではなかった。
 佐助はかたく拳を握りしめ、かすがにせめて5メートルくらいまでは近づこうと意気込んだ。それ以上近くに寄れる自信がまったく持てないのが、かすががかすがたる、そして佐助が佐助たる所以だった。
 ところで、政宗は今何をしているのだろう。真相究明を手伝ってくれると、ひじょうに面倒くさそうな様子で一応言ってはいたが。
 佐助は時計に目を向けた。すでに5時半、学校が終わってからずいぶん時間が経っている。今日は月曜で、職員会議なので部活はない。帰宅部の政宗や佐助に職員会議など関係なかったが、幸村や元親には大いに関係があった。今週中に真相を確かめるならば、今日しかないのだが。
 「いちおう言うだけ言って、さぼってんじゃないよね?…元親、締め上げて聞き出してたりとか?」
 さぼるどころか、さっさと帰ってしまっている可能性もある。政宗は人様の面倒ごとを楽しむくせに、面倒ごとに関わるのは嫌う傾向があった。そういえば、教室を抜け出た際に、政宗は鞄を手にしていた気がした。
 佐助が不安のうちにそう思っている間にも、かすがの姿は下校する生徒の群れに紛れて消えていた。










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初掲載 2007年6月6日