認めたくはない。だが、事実として、俺が前田の風来坊に叩かれるのは、初対面から現在まで続くなれ合いである。なれ合いというのもおかしな話だ。だって、俺は何だかよくわからないまま叩かれてるんだから。それでも今は「叩かれる」だけマシになった方で、最初の頃は頬を思いっ切り殴られた。当然のように、俺は声もなく吹っ飛んだ。
…懐かしい記憶だ。
「佐助!貴様の命、謙信様のため私が貰い受ける!」
「…?え?」
「覚悟っ!」
「は?ちょっ、待てって!何で武田の一介の戦忍風情があんな人のために死ななきゃなんないんだよ!」
いや、懐かしい記憶だとか言っている場合ではない。俺は今まさに、かすがの手によって殺されようとしているのだから。
場所は米沢城の竜の旦那の部屋。忍んできたと推測されるかすがは、なぜか頬を赤らめつつ、突然、俺に斬りかかってきたのだからこちらとしてはたまらない。
前田の風来坊との出会いから、半年。何があったのかはわからない。だが、俺は前田の風来坊以外からも、叩かれ始めている。
なぜだ。
理由はまったくきれいさっぱりわからない。
流石に、かすがのように命まで狙ってきた者はいないけれど、大抵の武将格はかすがのように出会い頭に突然殴りかかってくる。道行く一般人も俺の方をちら見しては、手を伸ばそうか迷っている現状だ。
この前、米沢城に収穫された米を持って遊びに来た陸奥の巫女は、あの巨大なハンマーを両手で持ち。
「おらたちの米ために一発!」
やはり叩きに来た。俺はもぐら叩きじゃないんだから。ていうか、そんなので叩かれたら命消えるから。
「虫にも魂あるんだから!俺も人権あるから!!」
必死に逃げながら説明すると、巫女はしょんぼりと肩を落として帰っていった。来年の豊作はどうたらこうたら言っていたけれど、よく聞き取れなかった。
そうかと思えば、また別の日。旦那が俺を全身くまなく見つめ、聞いてきた。
「佐助、お前、ぽけっととやらはどこにある?」
「…ぽけっと?そりゃ何ですか?」
「ふむ、よくわからぬが…身体の一部らしいぞ。佐助のぽけっととやらを叩けば。」
俺は、俺が叩かれ続けてきた一連の謎が解けるのかと思い、身を乗り出した。
「叩けば?」
「びすけとという南蛮菓子が増えると聞いた。」
…これは、違う。
「…増えてどうすんですか。」
「知らぬ。だが、増えるならばもらおうと思ったのだ。美味しいらしいぞ。」
「…竜の旦那にでも作ってもらえば良いでしょうよ。」
甘党の旦那の言葉に、俺は肩を落とした。
「!流石佐助!頭が良いな!それでこそ我が部下よ!」
「…どーも。」
こんなことで褒められたって、嬉しくない。
それで今回のかすがの騒動。
俺が今まさに殺されようとしているってのに、旦那は竜の旦那に焼いてもらったというびすけっとを頬張っている。我関せず、と言った感じで、竜の旦那も煙管を手に政務と完全シカトの方向だ。当然、竜の旦那に関係なければ、片倉さんも俺なんかに関わり合ってくるはずがない。…モノを壊して、修理費を請求する際になったら話は別だろうが。
「は?ちょっ、待てって!何で武田の一介の戦忍風情があんな人のために死ななきゃなんないんだよ!」
「謙信様は関係ない!」
さっき謙信様のために命を貰い受けるとか言ってたのは気のせいか?だが悲しいかな。俺はそんなかすがの前言撤回に慣れていた。上杉の大将関連のとき、かすがは、変だから。
「じゃあ何で!何でおれがかすがに殺されなきゃいけないんだよ!」
ひゅっ、と頬をかすったクナイが何かを壊していないことを願う。モノの修理費が俺とかすがどっちに請求されるかなんて、そんなの、片倉さんの心証が悪い俺に決まってるじゃないか!
かすがは、頬を赤らめて立ち止まった。恍惚とした表情。
あ、これは…。
「お前を叩けば、こっ、こ、ここここここ恋が成就すると噂に聞いたのだ!ああ、謙信様!かっ、かすがが。かすがが今参ります…っ!」
昔のクールでビューティーでシャインな頃のかすがを知っている身としては、これは、ちょっと辛いモノがある。下手に俺がかすがに片思いしてる分、なおさら。
って、そうじゃない。
「なんで俺を叩くと恋が叶うのさ?」
大体、叩く、という話であって、俺を殺すという話には繋がらないと思うのだが、まあ、そこら辺はかすがのことだ。俺を殺せば更に効果倍増とか恐ろしいことでも考えたんだろう。
わかりたくないのにわかる幼なじみって、嫌だな…。こんなん。
「験だよ験。」
こっ、この声は。
俺が振り向くよりも早く、背中をバシンと勢いよく叩かれた。あまりの衝撃にむせる。
「おっ、慶次。良いトコに来たな。お前も食ってくか?」
前田の風来坊の突然の訪問にも慣れた様子で、竜の旦那は、びすけっとを煙管で指した。
「?何だかよくわかんねえけど、うまそうだね〜。まつ姉ちゃんのもうまいけど、政宗の料理もうまいから好きだ」
「まつ殿のはよく知らぬが、政宗殿の料理、其一番好きですぞ!」
「ha!嬉しいこと言ってくれるねえ。」
竜の旦那は、まるで犬にするような感じで旦那の頭をぐりぐりと撫で回した。
「いつ見ても幸せそうでにくいねえ。俺も恋が早くしたいなあ。」
のそのそと二人の方へ進みながら、前田の風来坊はその様子を嬉しそうに笑った。おい、叩いておいて俺は無視か。当然のように無視か。くそっ、まだこっちはむせてるってのに!
「そいやお前、さっきの験とかって。」
自分の中で一段落着いたのか、竜の旦那が前田の風来坊に尋ねた。
「え?知らないのかい?」
「?びすけっとが増えるやつでござるか?」
びすけっととかいう南蛮菓子よりも甘ったるい空気を垂れ流しながら、旦那が問うた。
「違う違う。橙の髪した真田の忍を叩くと、恋が成就するってやつなんだけど。本当に知らねえの?」
誰だ。誰だ、そんな無責任なこと言い出したやつ。真田忍隊で橙の髪色したやつなんて俺以外居ねえっつの!
むせるのにようやく一区切りつき、俺は若干涙ぐんだ目で3人の方へと近付いた。妄想の世界に突入してるかすがは、もう、何言っても無駄だろうし、安全だろう。ひとまず放置することにした。
「恋の成就って何それ。俺、そんなの叶えたつもりないよ。」
叩かれ続けた無念も込めて言うと、前田の風来坊はそんなはずはない、と首を傾げた。
「だって、気位の高いやんごとない美貌のお方と主の、身分違いの恋を叶えたって、都では噂だったぜ。それって政宗と幸村のことだろ?」
「ままままっまま政宗殿と其のことがきょ、京で噂にいいい!!!」
「幸村、少し落ち着け。」
噂されている事実に真っ赤になってのたうち回る旦那のことは、竜の旦那に任せるとして。俺は前田の風来坊に向かい合った。
「…誰よ、そんな無責任な噂流したの。」
「?知らないけどさ。南から伝わって…。あれっ?…。まあでもこういうのって当事者は知らないモノだよな、うんうん。験を担ぐのは大切だし。」
一人で納得したのか、前田の風来坊はまた俺のことを叩いた。心なしか、さっきよりは痛くない気がした。それでも十分痛かったけど。
後日調査してみたところ、噂の元手は鬼ヶ島の鬼だったことが判明した。それで、北の噂が南から出て、北上してきたらしい。そういえば、竜の旦那と交流のあるあの人は、ザビー教が猛威を振るう以前はちょくちょく来てたっけ。
あの野郎。
次会ったら問答無用ではったおす。
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初掲載 2006年9月25日
改訂 2007年9月19日