短文:2


 年頃のアテナがやって来てから、さまざまな季節のイベントに取り組むはめになった聖域だったが、今回は常軌を逸していた。
 こんな男だらけの聖域で、乙女の祭りをしようというのである。
 これがまだ先月いろんな意味で波紋を引き起こした日本式バレンタインデーであれば、男の側も色々覚悟のしようもあるのだが、「雛祭り」なる少女の成長を祈願する祭り相手では、もうどうしようもない。
 年頃の娘と言えば、一応、シャイナや魔鈴の名が挙げられるが、健やかな成長という感じでもない。そもそも、健やかに成長したことを呑気に祝えるような風土であったならば、星矢の腹違いの兄弟たちが何人も行方不明になったり落命したりしているはずはないのである。
 もしかするとそれほど難しくはなかったのかもしれないイベントは、聖域ということもあり、とたんにハードルが高くなってしまった。


 そんなイベントに駆り出されたのは、先日、女だったことが判明したミロである。艶やかな振り袖姿で、耳にアテナから贈られた温室育ちの牡丹の花を挿している。
 長身ですらりとした体だが、絶望的なまでに胸がないので、意外にも着物姿が映えていた。
 黄金聖闘士として誰よりプライドの高いミロは、女として見られることでハンデを背負わされるのが嫌だったらしいのだが、偽教皇時代からそんなミロの事情に精通していたサガによりこのたびめでたく暴露されたのだった。
 聖戦も終わり、自分に何の権限もなくなった今、サガはミロの性別を明らかにすることで周囲から守ろうとしたのだろう。偽教皇がミロを任務にも行かせず、不必要なくらい聖域に留め置き、あらぬ噂が立っていたのは記憶に新しい。
 しかし、サガが大きな雛段と振り袖を手に、ミロが無事成人したことを祝おうと言いだしたとき、単に、ミロを出来愛するあまり年頃の娘の恰好をさせたくてたまらなかっただけなのかもしれない、と同僚の黄金聖闘士は思った。
 「サガ、とても素敵な雛段ですが、あまり長く飾ると婚期を逃すので、ミロのためにも気をつけてあげてくださいね。」
 にっこり笑いながら指摘するアテナに、サガが明るく返した。
 「このサガ、気をつけましょう。」
 振り袖も、未婚女性が身にまとうものだという。
 絶対サガは確信犯だ、ミロの婚期を意地でも流れさせるつもりだ、と周囲が確信したとき、それまで黙っていた双子座の黄金聖闘士の片割れ、カノンが口を開いた。
 「馬鹿らしい。ミロの婚期の問題なんぞ、今日にでも解決できる。俺がプロポーズすれば良いだけの話だろう?」
 単に事実を述べただけという口調に、サガが固まり、アテナは嬉しそうに微笑んだ。
 これは嵐が来る、と黄金聖闘士たちが確信したのは正しい判断だった。
 ともあれ、サガが絶望に顔を青緑色に染める中、若い二人だけで、ということでアテナに無理矢理散策に追いやられたカノンとミロは、双魚宮の薔薇園にいた。
 うららかな日差しが心地よい。
 なぜ、こんな面倒なことに巻き込まれたのだろう。ミロは内心いぶかりながら、努めて隣の男のことを考えないことにしていたが、つと顎を持ち上げられ、無視し続けるわけにもいかなくなってきた。
 「…何だ?」
 不躾に見られると不快なはずなのだが、どういうわけか、カノンの真っ直ぐな眼差しに苛立ちより気恥ずかしさを覚え、そんな風に感じる自分への腹立ち紛れに問えば、カノンが口端を緩めた。
 「その花の言葉だが、王者の風格、というらしいな。お前に相応しい。」
 「不遜だ。そのような言葉、アテナにこそ贈るべきだろう。」
 カノンの熱っぽい目から顔を背けようとしたが、カノンの手が邪魔をした。カノンはミロの顔を固定したまま、嬉しそうに囁いた。
 「赦しを得たあの日から俺が仕える王はただ一人、お前だ、ミロ。」
 ミロは膝の上で震える手を握り締め、瞼を閉じた。
 唇が降って来ても抵抗しなかったのは、カノンに顎を掴まれて顔を背けなかったからだ。心の中でそう言い聞かせてみたが、説得力は爪の先ほどもなかった。


 ところ変わって、教皇の間。
 「せっかく用意した雛段と振り袖ですが、すぐに不要になってしまいそうですね。式はいかがしましょう?」
 「そのような…不要になど、このサガがさせません!ミロは生涯私の庇護下におれば良いのです!」
 「そういきり立たず、二人の幸せを見守ってみてはいかがですか?ミロに娘が出来たら贈れば良いではありませんか。」
 「しかし、アテナよ…!」
 手塩にかけて育てた花が愚弟に散らされるなど、サガには到底容認できるものではなかった。
 しかし、アテナは柔らかな笑みを湛えたままサガを言い諭した。
 「サガ、あなたは伯父になるのが嬉しくはないのですか?ミロの義兄になるのが?」
 「さっそく式を挙げる準備をいたしましょう。」
 今後もことあるごとに女神の手玉に取られる教皇代理の姿が目に浮かぶようだ、と、サガの追従は居合わせた黄金聖闘士たちの涙を誘うのだった。











初掲載 2013年3月4日