ミロの髪は長い。
ミロの髪を気に入っているカノンとしては大変嬉しいことだが、長年、不思議でもあった。紆余曲折を経て、今ではカノンに組み敷かれる立場にあるとはいえ、ミロの性格が実にざっくばらんで男気にあふれているのは周知の事実である。とても自分から進んで髪を伸ばしているとは考えられなかったが、他人に命じられたところで、邪魔だと言って切る可能性は十分すぎるほどあった。
では、何故伸ばしているのか。
身体を重ねて甘い空気が漂う中、長年抱いていた疑問を何の気なしに口にすると、年下の恋人はカノンの腕の中でキスの雨を浴びながら、誇らしげに胸を張った。
「むろん、前聖戦の蠍座の黄金聖闘士が長髪だったからだ。俺もかくありたいと思って、伸ばしている。」
憧れの人物に少しでも近付くため、不便を我慢して髪を伸ばしているというのである。まるで子どものような理由にカノンは頬を緩めた。
話を掘り下げるうちに、アイオロスの件で付き合いのなかったアイオリアを除く年少組は揃ってミロの野望に巻き込まれ、年中組でミロと懇意だったアフロディーテも付き合わされたという事実が判明した。
「デスマスクは馬鹿にしたし、シュラも頑なに拒んだな。憤慨したものだ。」
頬を膨らませて癇癪を起こす幼少期のミロはさぞ愛らしかったことだろう。
想像してますます笑みを深くするカノンを、ミロは肩越しに振り返った。
「そういうカノンはなぜ、髪を伸ばしているのだ?」
「俺か。…まあ、願をかけて、だな。」
カノンが言い渋ると、他人の悪意には鈍感なわりにこういうとき驚くほど察しの良いミロは、訳知り顔で頷いた。カノンは胸を撫で下ろした。
スペアでもサガでもなく、カノンとして、認められたい。ひとりではなく、ふたりと数えられたい。
当時のカノンにとっては、他愛のない願いだった。自分たち兄弟の実力をもってすれば、すぐ叶えられると信じて止まなかった。
スニオン岬に幽閉されたあの日までは。
それからは願をかけてというよりは、惰性で髪を伸ばしていた気がする。聖域を出て自分の道を歩き始めたカノンと、誰かの影になり果てたサガの、唯一の絆が髪だった。
取りとめなくキスを降らせるうちにその気になったカノンが再びベッドに押しつけたころ、恋人の抱擁に身をよじらせあえかな息をこぼしていたミロが、ふいに、大きな目をカノンへ向けた。
「それでは、お前の望みは叶わなかったのか?」
答える代りに、カノンは笑みを浮かべてミロの額に唇を押しつけた。気難しげに眉根を寄せたミロが言う。
「ならば何故、まだ伸ばしている。願かけならば、切るのが道理だろう。」
叱責めいた口調とは裏腹に、カノンの髪を名残惜しそうに梳く手つきは甘い。
ミロが自分の髪をことのほか気に入っていることを知るカノンは、あの日自分を断罪し、誰よりも早く黄金聖闘士として認め、今もこうして受容してくれているミロに耳打ちした。
「望みが叶ったからこそ、供物に捧げてしまった。」
そう言うと、カノンは不思議がるミロに口づけ、思いの限りを伝える愛の行為に勤しむのだった。
初掲載 2013年2月24日