氷河から真紅のバラの花束を手渡されたとき、ミロも何かがおかしいと気づけば良かったのだ。しかし、どうにも根が素直に出来すぎているミロは、深く考えず素直に喜んでしまった。
確かに、バラはきれいだった。だが、ミロはそれ以上に、氷河の気持ちが嬉しかったのだ。カミュを亡くして沈む想いは同じだろうに、なんと気遣いの出来る子に育ったのだろう。バラの色がカミュの髪を思い起こさせて、ミロは涙ぐんだ。
しきりに感動するミロに氷河は言った。
「ミロ、俺はあなたを愛している。」
「そうか、俺もだ。」
親友の弟子は我が弟子も同然。ミロは鼻を啜った。
「あなたと添い遂げたいのだ。俺の妻になってください、ミロ!」
「そうか、」
俺もだ、と言いかけたところで、ミロは何かがおかしいと気付いた。気付いて正解だった。ここで何か失言しようものならば、思いこみの激しい氷河のことだ。あとから何を言ったところで徒労と化しただろう。
その後、一方的にまくしたてられた説明によれば、氷河はミロに真央点を突かれ、天蠍宮の通過を許された瞬間、恋に落ちたのだという。
身振り手振り、クールとは程遠い情熱的な姿で説明する氷河を呆れ交じりに見つつ、「感服の間違いだろう。」アイオリアがこぼした。アイオリア自身は、ミロのことをサソリ野郎とバカにするくらいなので、当然、女だと思っていない。気が合いすぎて軽口を叩きあう友人、といった認識だ。
その隣では、聖衣修復の件でついてきた星矢が目を丸くし、それとは対照的に、瞬がまったく動じた様子もなくムウと歓談していた。クールな対応だ。ミロは瞬の冷静沈着ぶりに舌を巻いた。いわゆる、現実逃避である。
「女聖闘士は素顔を見られたとき、相手の男を愛するか殺さねばならない…愛せないというのならば、いっそ殺してくれ。」
ミロの肩を掴んで懇願する氷河の手を、ミロは払い除けた。冗談じゃない。
「バカを言うな。カミュの弟子を殺せるはずがないだろう。」
シベリアで仮面をつけなかったことが仇となった。別にカミュのことを女として愛していたとかそういうわけじゃない。ただ単に、幼少期から知っている者相手に、聖闘士になったからといって顔を隠すのも変な話だと思ったのだ。同じ理由で、子ども相手に素顔を隠す必然性も感じられなかった。実際、ミロは氷河のことも愛していたのだ。同胞として、だが。
「お前の理屈だと、俺はアイザックも愛さなければならないぞ。」
ミロは痛む頭を押さえた。だいたい、黄金聖闘士のほとんどはミロの素顔を知っている。片っぱしから結婚していけば、潔癖なアテナに殺されかねない。
そんなことは露知らず、氷河が動揺に目を見開いた。
「そうか…、あなたはまだ我が師のことが忘れられないのか!」
「確かに忘れられないが、お前の言っている意味とは違う。絶対に違う。」
「だが、あなたの中から我が師の影を消してみせる!」
黄金聖闘士以外を十二宮に立ち入らせるわけにはいかないから、と、白羊宮まで降りてきてこの仕打ちである。ミロは氷河を天高く殴り飛ばしながら、この場にカミュがいてくれればどんなに良かっただろうと思い悩んだ。
「良かったですね、ミロ。ようやくあなたにも春が訪れましたか。」
懊悩するミロの肩に手を置き、ムウが軽口を叩いた。
「良くない!まったく良くないぞ、ムウ!」
どさりという音と共に、貴鬼による間の抜けた拍手が響いた。
それから数カ月後のことである。連日氷河に求婚され続け、ミロの精神がすり減った頃、念願かなってカミュが復活した。冥界の混乱に紛れて、どさくさにアテナが復活させたらしい。
どれだけこのときを待ち侘びたことだろう。
ミロは喜びに目を濡らして、カミュの帰還を祝った。これで、氷河の思い込みの激しい求婚から解放されるのだ。本当に喜ばしいことだった。今日は聖域総出で祝わねばなるまい。
「カミュ、聞いてくれ。氷河のことだ。」
「何、氷河がどうかしたのか。」
「それが、」
かくかくしかじか。
ミロはカミュに縋りついて、氷河の暴走を説明した。カミュはミロの抱擁を甘受しながら、カミュが死んでから今に至るまでの話を黙って聞いていた。ミロも、カミュの反応がないことをいぶかしめば良かったのだが、これでようやく解放されるという安堵感が直感を鈍らせた。
ミロがようやく不審がったのは、説明が終盤に差し掛かり、カミュに氷河を止めてもらいたいと助力を乞うところでのことだった。
「…?カミュよ、話を聞いているのか。」
続く沈黙に抱擁を解き、カミュの顔を見たミロは驚愕した。なぜならば、カミュが滂沱の涙を流していたからである。
「そうか、氷河が…。」
ミロは慌てた。
「カミュよ、すまない!氷河を責めないでやってくれないか。あやつも悪気があってのことではないと思うのだ。」
てっきり弟子の不始末に恥入っているのかと思い、慰めの言葉をかければ、カミュが頭を振った。
「氷河がいつの間にか一人前の男になっていたとはな。まだ弟子として手元に置きたいと思っていたのは、私の傲慢のようだ。それでミロよ、披露宴はいつだ?」
「ひ、披露宴…?」
「まさかこのカミュが披露宴のスピーチを任される日が来ようとはな。ふふ。私に万事任せておくと良い。」
カミュの台詞に、ミロは言葉を失った。まさか、カミュまで一緒になって氷河の味方をするとは思いもよらない。だが、そういえば、この子弟は万事が万事この調子なのである。これが常であれば、暴走に歯止めをかけるのはミロの役なのだが、今回ばかりは、ミロも巻き込まれていて機能が働かない。
それでも、努力した方だと思う。負け戦と知りながら、ミロはカミュ相手に足掻いた。必死に説明した。説得に努めた。しかし、どれだけ言葉を尽くしても現実を理解してもらえないまま、カミュが浮足立って消えると、ミロは額に手を当てた。これはまずい。本当にまずい。このままでは本当に氷河と結婚させられてしまう。年の離れた弟くらいにしか思っていない親友の弟子と結婚など、狂気の沙汰過ぎる。
「こりゃもう、氷河と結婚するしかねえんじゃねえの?」
「誰がするか、ふざけるな!」
立ち聞きしていたらしいデスマスクを、ミロはきっと睨みつけた。しかし、大変な大声でやりとりしていたのだから、聞くなという方に無理がある。やはり不穏な小宇宙を感じとって賭けつけたらしいアフロディーテが、半べそ状態のミロへ肩を竦めてみせた。
「だが、カミュが一度思いこんだらそう簡単に考えを手放さないのもわかっているだろう。どうするつもりだ?」
ミロは反論しようと努力した末に、力なく肩を落とした。それがわかっていれば、このような苦労を負っていないのも事実だった。生まれてはじめて、能天気なミロの胃がきりきり痛んだ。
カミュとの残酷なすれ違いのあった後、ミロは自分のことを棚に上げ、ともかく、アテナに頼まれたカノンの面倒を見に行こうと思い立った。明らかな現実逃避なのだが、ミロに自覚はない。
夕暮れ時だ。今ごろ、カノンは夕食を作っているに違いない。突如空腹を思い出したミロの胃が、はしたなく鳴った。
そのときミロは、最初にカノンを黄金聖闘士として認めたこともあって、まだ聖域に不慣れなカノンの世話役のような立場にあった。情に篤く、懐が広いのも、世話役に抜擢された理由だろう。考えが足らないのだと悪しざまに言う者もいるが、他の者たちのように変にしがらみに固執しないのも良かった。
ミロは勢い良く立ち上がると、デスマスクの顔面を殴りつけ、アフロディーテに小さく礼を告げ、双児宮を目指した。世話役を任されてからは、毎日、カノンのご相伴にあずかるミロであった。
一目散に駆けていくミロの後ろ姿を、アフロディーテは物思う眼差しで見つめていた。その隣で、デスマスクが鼻かしらを抑えて呻いていた。
いくら仮面をつけているとはいえ、そこは聖闘士である。カノンはミロの混乱気味の小宇宙から何かあったと察したらしい。夕食の最中も、ミロが珍しく食事に舌鼓を打つより酒を飲みまくっていたので、ただでさえ敏いカノンが気づくには十分すぎるほどの変事だった。
向かいに座ったカノンは、ミロの眼前からやんわりワイングラスを取り除けると、両腕をついてミロの目を正面から覗き込んだ。食事の邪魔になるので仮面はつけていない。ミロには相手に少しでも気を許すと仮面を外してしまう悪い癖があった。カノンが問いかけた。
「何かあったのか?俺で力になれることであれば、何でもするぞ。」
「…本当か?」
「本当だ。俺がお前に嘘をつくはずがないだろう。俺に出来ることであれば言ってみると良い。たとえ出来ないことであったとしても、どうすれば良いのか一緒に考えてやる。」
じわりとミロの目に涙が浮かんだ。カノンは腹立たしいほどイケメンだった。いまだかつてない常識的で協力的な言葉はミロの胸を打った。海を思わせる青い髪も、郷愁を誘った。カノンの長い指先がミロの巻き毛をくすぐった。
「どうして欲しいのか言ってみろ。」
「…俺を助けて欲しい。」
酔っぱらっているので、いつもならば邪魔をするはずの自尊心も姿を現さなかった。
ふわりとカノンが微笑んだ。実に嬉しそうな笑みだった。
「実は、」
かくかくしかじか。
ミロの説明をカノンは口を挟まず黙って聞いていた。いっそ沈黙が恐ろしいほどであったが、幸い、ミロは酔っぱらっていたのでその事実に気づかなかった。
やがてすべての吐露が終わると、ミロは乾いた咽喉を潤すためワイングラスに手を伸ばした。カノンが重い口を開いた。
「短い付き合いだがわかる。あいつらには何を言ったところで無駄だろう。それでミロ、こうしたらどうだ?」
問いかけに顔を上げた瞬間、カノンの指がミロの頬を撫ぜた。一言もなかったので、ミロはびっくりした。頬にかかった髪を払い除けるつもりだったのだろう。人との触れ合いがまったくなかった過去がそうさせるのか、カノンには少しスキンシップ過多なところがあった。どぎまぎするミロの胸の内など知らず、カノンが続ける。
「他に恋人がいることにするのだ。それならば、氷河も諦めがつくだろう。」
「そう簡単に話が運ぶだろうか?」
まだ心臓がどきどき言っている。ばれないよう苦心しながら問いかけるミロへ、カノンが囁いた。
「不確定な運に任せるなど、素人のすることだ。物事は意図するように運ばせるのだ。」
神すら誑かした悪魔の囁きだった。
翌日から、ミロには恋人がいることになった。カノンだ。スカーレットニードルが切欠でミロに惚れたカノンが、世話役のミロを必死に掻き口説いたという設定である。正直、ミロは酔っぱらっていて昨夜の作戦会議でどんなことを話したか上の空だったのだが、さすがは神をも誑かした男、カノンの策に非の打ちどころはなかった。
ミロは感動した。己の身を犠牲にしてまで友のために助力を惜しまないとは、なんと見上げた男だろう。下手をすれば氷河やカミュといらぬ軋轢を生むにもかかわらず、その危険を厭わず、友情に
奉仕するカノンの男気にミロは言葉では尽くせぬほどの恩義を感じた。
しかし、思いつめたら一直線の氷河が信じるはずもない。半日もしない内に、噂を聞きつけた氷河が光の速さでやって来た。
「氷河よ、お前は日本に帰ったはずではなかったのか!」
ミロは驚愕した。そんなミロに、青褪めた氷河が言う。
「あなたの危機に駆けつけるのは当然だ!」
どうやら本気でミロの貞操を心配したらしい。日本に帰っても高速で動くことが出来ればギリシアまで一瞬で来ることが出来るのだという良い見本である。
こいつは将来どれほどの聖闘士になることか。ミロは戦慄せざるをえなかった。きっと、後世に名を残すほどの氷河は黄金聖闘士になることだろう。
現実逃避に耽るミロの肩を氷河が必死にゆすぶった。
「ミロよ、あなたは誑かされているのです!」
クールを信条とするくせに、暑苦しい子弟である。ミロはしがみついてくる氷河を「ええい!」と振り払ってから、動じた様子を見せないカミュへ話しかけた。
「なぜ俺が誑かされねばならん!カミュ、お前ならばわかってくれるだろう?」
カミュが頭を振る。
「残念だが…ミロ、私も氷河に同意見だ。誑かされたとは言わぬが、大方、氷河を諦めさせるため、恋人のふりでもさせているのだろう。」
図星である。ミロは言葉に詰まった。さすがに長い付き合いだけあって、カミュはミロのことを何でもわかっていた。しかし、ここで言い負かされてはいけないのだ。ミロは声を張り上げた。
「そ、そんなことはない!」
「言葉に詰まるところが怪しい。ミロ、正直に言ってみろ。今なら怒らないでやる。」
「本当だ。お、俺がお前に嘘をつくはずがないだろう。」
「…いよいよもって怪しい。お前たち、本当は付き合ってなどいないのだろう。」
目を眇めて詰問するカミュへ、それまでミロの隣で沈黙を守っていたカノンが口を開いた。不吉な口調だった。
「…本当にそう思うか?」
怪訝そうにカミュが眉根をひそめた。ほぼ同時に腰へ回された腕に力がこめられ、ミロはカノンの方へ引き寄せられた。視界が肌色に染まった。
思わずぎゅっと瞼と閉じた瞬間、唇に何かが触れた。
背が弓なりに逸らされる。
ミロは目を固く閉じたまま、何だかよくわからないまま、それが終わるのを待った。遠くで氷河の悲鳴がしていた。続いて、鈍い音も。
数秒だった気もするし、数分だった気もする。
気付けば、カミュと氷河の姿は消えていた。空中ではまるでオーロラエクスキューションを放とうとしたときのような雪の結晶がきらきらと輝いていた。ミロの心臓は飛び出そうなほど高鳴っていた。
「…そういうことは往来でやらない方が良いぞ。」
磨羯宮に帰る途中、たまたま出くわしたのだろう。二の腕を擦りながらのシュラの忠告にも、ミロはああとかうんとか、どうでも良い返事しか出来なかった。ひどく気が動転していたのである。まさかキスされるとは思ってもみなかった。ミロはまじまじと眼前の男を見た。
「え、演技だよなっ?」
カノンが微笑みながら、ミロの濡れた下唇を親指の腹でなぞった。ミロの唇は赤く腫れているせいで、今しがたキスしたばかりと宣伝しているようなものだった。カノンは囁いた。
「お前はそれを望むのだろう?」
ミロは何と返すべきかわからなかった。不覚にもどきどきしてしまったなど、一生の不覚である。精神統一が足らないのだ。もっと小宇宙を燃やす修行に専念せねばなるまい。
ミロの小宇宙が燃え上がった。
「あほか。」
独り身のシュラが言い捨てた。
ミロがカノンに、どうせならば一緒に住んだ方が話に真実味が出ると言われ、天蠍宮で同居も始めたのは、それから2日後のことだった。
最初のうちはカノンの言葉に甘えてソファで眠ってもらっていたのだが、3日もすると、申し訳なさが先に立ってきた。だいたい、カノンがこんな苦境に立たされなければならない必然はないのだ。すべて自分のせいだと思うと、ミロはベッドをカノンに譲り渡し、自分こそがソファで寝るべきだと思った。
しかし、どう頑張ってみても、カノンが納得しなかった。
ミロは必死になって理詰めのカノンに勝とうとした。カノンはフェミニストだった。ミロがベッドで寝るべきだという意見を頑として譲らなかった。だが、ミロとしては放っておいて欲しかった。これはミロの決断なのだ。カノンが苦を負うべきではない。負うべきはミロだ。
とはいえ、到底口で勝てるものではなく、今ではカノンと一緒のベッドで眠っている。そのうちベッドを買い替えるかもしれないが、今は身を寄せ合って眠りにつくほかない。もともとミロ一人で寝ていたベッドなので、大の男と二人で寝るにはサイズが小さかったのだ。しかし、これも自分で決めたことだとミロは甘受する腹積もりである。
眠っていると、セクハラまがいのことをされるケースもあったが、ミロは意に介さなかった。大方、ミロのことを海闘士のときの女とでも間違えているのだろう。カノンは十人中十人が振り向くような美貌の持ち主である。街へ下りれば、女など選り取り見取りだろう。それにもかかわらず、このような不便をかけさせている己がミロは情けなかった。カノンはこんな狭いベッドではなく、想像もつかないようなゴージャスな天蓋つきベッドで美女と戯れているべきなのだ。だから、少しくらい変なことをされても多めに見ていた。正面から抱き込まれると、可哀そうなやつだと思って背に腕を回した。これだけ、役に立ってもらっているのだ。これくらいのサービスはしてやっても良いだろう。
何だか変な気はしていた。ちょっと墓穴を掘ってしまった気もした。
もしかすると、本当に、ミロはカノンのことが好きになっているのかもしれなかった。
そんなことを思うとき、決まって、ミロの胸には苦い気持ちが広がった。これが演技だということはミロが一番良くわかっている。ミロはまったく気にしなかった。正確には、まったく気にしないよう努めた。こういうときは、考えたら負けなのだ。どうせくだらない考えに囚われて、自滅するに決まっている。
ミロは自分を抱き込んで離さないカノンの胸に顔を埋めて、強く瞼を閉じた。カノンの香りがした。ミロは腕に力を込めた。
嘘から始まった関係をどうすれば良いのかわからない。氷河は諦めたようだ。カミュが言っていた。だが、転がり始めたこの関係をどうすれば良いのだろう。わからない。
ミロは唇を噛んだ。
今ではすっかり自分の宮のようになっている天蠍宮で、カノンは夕飯を作っていた。炊事掃除洗濯はカノンの仕事だ。カノンはミロの小宇宙が近付いて来るのを感じとって扉を開け、勢い良く飛び込んできたミロの身体を抱きとめた。
「どんどん嘘が大きくなるばかりではないか。今日などサガが、お前のことを頼むと挨拶に来たのだぞ!」
肝を冷やしたと興奮気味に捲し立てるミロの髪を梳きながら、カノンは「大丈夫だ。」と安請け合いした。ミロはまだ疑わしそうにこちらを見ていたが、カノンが笑いかけるとそっぽを向いた。その耳はかすかに赤らんでいる。カノンは小さく笑った。
実際、問題などまったくないのだ。周囲は本当にカノンがミロを口説き落としたと思って疑ってみてもいない。傍から見たら、ミロとカノンは仲睦まじいカップルにしか見えないのだから当然の結果だ。
ミロを口説くため、アテナに2ヶ月の猶予を与えてもらっていた事実はみなが知っている。
そして、みなが、カノンが挑戦に成功したということを疑ってもみない。
最近では、キスしても怯えなくなった。むしろ、心地よさそうに目を細めて催促して来る。
俺だけのかわいい蠍。
「不確定な運に任せるなど、素人のすることだ。物事は意図するように運ばせるのだ。」
カノンはいつかミロに言ってきかせた言葉を再び口にすると、笑い交じりに問いかけた。
「俺と添い遂げてくれるか?ミロ。」
その一言で、ミロの思考が停止した。
考えたら負けだ。自滅するに決まっている。真っ暗闇の中、ミロの理性が警鐘を鳴らした。沈黙が漂った。カノンは答えを催促したりせず、楽しそうにミロの巻き毛を弄っている。ミロの唇が震えた。わかってはいるが、やっぱり、駄目だった。やっぱりそうだ。
自覚した瞬間、ミロの顔が火を噴いた。やっぱりそうだ。自分はカノンに恋してしまったのだ。
カノンは満足そうに低く笑って、首まで赤くしている恋人に熱烈なキスをした。
初掲載 2012年11月12日