リビングに至る扉を開けた瞬間、ジョーカーは常以上に無表情になった。
リビングに溢れそうなほど山積みになった大量の菓子。咽そうなほど甘い香りは甘いものが苦手なジョーカーにしてみれば、何とも言えない。
ジョーカーはカレンダーを睨み付けた。10月31日。今日の日付に大きく赤丸が付いている。
例年のアレがとうとうやって来たのか。
ジョーカーは顔を顰めた。
「クイーン、これは何なんですか。」
ソファに深く腰を埋め猫の蚤取りをしているクイーンに怒りを押し殺した声でジョーカーが尋ねると、クイーンは溌剌と、まるでジョーカーの無知を笑うかのように言った。
「え?ハロウィンのお菓子だけど。」
「この船の何処に子供がやって来るんですか…。」
飛行船は現在、上空4000Mに位置する。こんなところにやって来れるのは余程の変人か、例のトレジャーハントしか居ない。来れる時点で少なくとも子供ではない。
「ん?これ、ジョーカーくんのだよ。」
ジョーカーは額を押さえた。頭痛がしてきた。
やっぱり、自分宛なのか、コレ。
どんなに危険な戦闘でも倒れたことはないが、このときばかりは軽く眩暈がした。しかし、ジョーカーは多々良を踏んで倒れるのだけは阻止した。根性である。ナイスガッツ。
「ジョーカー、クイーンが私のシステムを弄って捨てさせてくれないんです!あぁ、こんなに甘い香りが染み付いたら消えるまでに何日かかることか…。私の中で止めてください〜。」
合成音とは思えない涙ながらの懇願にも、クイーンが心動かされた様子はない。クイーンは猫の背を軽く撫でて離してやると、ジョーカーを見た。
「ジョーカーくんもまだまだ子供だろ?甘いものは嫌いかもしれないけどポテトチップスとかは?お煎餅もあるよ。お手製のパンプキンパイとか。」
「それで、キッチンのシステムも使えなくなっているんです。ジョーカー、気持ち悪いから早く直すよう言ってください。」
RDの言葉など聞かない素振りで、ニコニコと両手で辛うじて持ちきるだけの菓子を押し付けてくるクイーンに、ジョーカーは何とも言えない顔つきをした。
いや、この人はこれは親切心からやってるんだ。嫌がらせじゃなくて。あぁ、だから性質が悪い。
「Trick or treat?」
smack!
菓子に半ば埋もれて動けないジョーカーの唇をクイーンが奪って下がった。満面の笑みを浮かべている。ブツン。何かが切れる音がした。RDの監視カメラの音か、ジョーカーの理性の音か。
「ほら、ジョーカーくんも言おうよ。じゃなきゃあげないよ?」
菓子を?それとも別の甘いものを?
溜息を一つ吐くと、ジョーカーはクイーンの欲する言葉を発するため、口を開けた。
そのころ。
まるで寝ない子供を無理矢理寝かしつける両親のように、これからのことが見えないよう船内カメラどころか殆どの機能を使用不可にされたRDは、半泣きで半日あまりの時間を復旧作業に当たっていた。
初掲載 2005年10月2日