「律には良い人できないの?」
差し入れに菓子を持ってきたくれた際の司ちゃんの言葉に、僕は目を丸くした。まさか、彼女からこんな女らしい台詞が出てくるだなんて…。
長い付き合いだ。僕の様子に気付いたのか、司ちゃんが手を振りかぶった。慌てて避ける。
「姫がご乱心じゃあ〜〜、酒を持てい。」
尾白が奇声をあげた。こいつらはいつだって、司ちゃんは酒を飲めば機嫌が直ると信じて疑わない。
そして、僕も司ちゃんも二十歳を疾うに過ぎた年齢になっても、まだ「姫」と呼ぶ。
どこかしら呼ばれることに喜んでいる司ちゃんに、直せとは言えないが。
司ちゃんはここ数年で手馴れたもので、尾白の尾を摘み上げ黙らせた。
「いーい?私がいつも酒を飲みたがってると思ったら、大間違いよ。」
「でもその通りじゃないか。」
頬杖をついて応えた僕の言葉に、司ちゃんは眦を上げ叫んだ。
「うるさい!」
司ちゃんはしばらく何か喚いていたけれど、僕は聞く耳持たなかった。最近、司ちゃんはおじさんに似てきたように思う。
しばらくして、司ちゃんは上下する肩を怒らせて言った。
「で、彼女とかできないの?」
どうやら話は逸らせなかったようだ。それどころか、怒らせたせいでしつこさが増している。最悪だ。
もしかしたら、おばあちゃんに頼まれたのかもしれない。ありえない話ではなかった。
僕は、逡巡してから応えた。
「いないよ。」
呆れた顔の司ちゃんに、説明的な言葉を加える。補足、というよりは保身のためだ。
僕は菓子に群がり始めた妖どもを、手を振って追い払った。
「僕の周りには、こいつらみたいなやつらがうじゃうじゃ来るんだよ。そんな、恋愛なんて出来るわけないじゃないか…、怖くて。」
若干青褪めながら窓の外を見た僕に、司ちゃんはすまなさそうな顔をした。
今まで言い寄ってくる子がいなかったわけではない。だが、彼女らは妖に憑かれていたり、または妖だったり、はたまた僕の噂を聞いた途端に逃げ出した。
恋愛など、出来るわけがないだろう。
窓の外では雀と共に尾黒が空を舞っている。酷く、平和な誰彼時だった。
初掲載 2005年5月20日