やってらんない


 朝起きたら、女になっていた。
 この手に当たる感触は、胸以外の何物でもなく。パンツの中身も確認してから、Bはちょっぴり意識を彼方に彷徨わせた。
 突然の性転換。「起きたら@@になっちゃった」劇場。ファンタジーやフィクション、伝説などならまだしも実際そんなことは滅多に在る訳ではなく。
 「ていうか普通ねぇだろ。」
 大半の人間。というか、おかまさんでもない限り、こんなことが起こりうるはずはないのだ。生物学的には化学の影響で次第に変化していくことはあっても、一晩で変わり終わっていることもなく。人生を平穏に、終えるのではないか。もうあの人に目を付けられた時点で平穏平凡な人生など諦めているが、せめて自分の性は全うさせてくれ。Bは現実逃避しながら思った。
 それからBはしばらく固まっていたが、こんな生活に諦めが付いていたのか、悲鳴もあげず溜息を一つつくと、のろのろといつもの3分の一の速度で勤務服へと着替え始めた。しかしそのまま着替えるにはやばいと思い、Bは職務服の四次元何たらと化しているポケットから包帯を取り出して己の胸にグルグルと巻いた。
 胸が出てしまったものはしょうがない。女になってしまったものも、しょうがない。だって、そういう職場なんだから。
 明日には直ってるだろう。直ってなかったら、あの極端に自分が苦手としている人に寿命を少しぐらいやってでも元に戻してもらおう。Bは悲壮な決意をした。
 勤務服は少し常よりでかく感じる。動きづらい。これでヘイジを追えるのか。いや、それよりもあの人から逃げられるのか。
 しかしそれも今日だけだろう。たぶん。いや、何としてでも今日だけにしてもらわねば。
 Bはどんよりと早朝から暗い気分になりながらも、隣室から聞こえるAのいびきをバックコーラスに歩き始めた。


 「おはようございます、セバスチャン。」
 セバスチャンは耳慣れない、しかし聞き覚えのある声に、読んでいた新聞から顔を上げ、そして驚き目を見張った。鋼鉄の心臓の持ち主だと思われている、事実そうなのだが、セバスチャンにしてみれば珍しいことだった。
 「…どうしたんだ?」
 「朝起きたらこうなっていました。仕事には差し支えないので、まぁ、大丈夫でしょう。」
 うんざりとした顔でBが返答した。
 こんな目に会いながらも、それでも休まず仕事をしようという点が職務的に素晴らしい、とセバスチャンは思った。だが、自分の問題だというのに結構適当かつポジティブな考えを告げたBは、そうでもないとやってられないのだろう。セバスチャンはこいつも色々あったしな、と視線を彷徨わせた。そろそろ、1週間くらいまとまった休暇をやるべきなのかもしれない。隣宅のあの人が騒ぐかもしれないが、Bには、精神の休息が必要だ。
 セバスチャンは思ったことを顔に出さず、ただ一言言った。
 「そうか…強くなったな、B。」
 Bはデーデマン家勤務ももうじき4年。流石に強くならざるをえないか。勤務に出かけるBを見送りながらセバスチャンは思った。
 どうせ犯人はお隣さんでBに入れ込んでいるユーゼフ様なんだろうな、と当たりをつけながら。











初掲載 2005年5月23日