12月31日。
師だけでなく借金取りも奔走する最後の月の最終日。この日を境に借金の取り立ては一区切り付くと決まっているらしかった。何でも、江戸時代だか何だか(残念ながら、あたしは自分のモノも国のモノも、歴史というものに縁がない)からの取立屋達の無言の了解らしい。
まあ誰しも、例えそれが年中無休をモットーとしている借金取りであっても、正月くらいは楽しく暮らしたいという願望からだろうが、あたしには都合が良かった。
なぜかといえば、破産宣告をすることもままならないくらい、借金だらけの身だからである。
「もう!まーだ追ってくるわけ?勘弁してよ!」
あたしは後ろから追跡してくる車を見て、溜息をついた。もう彼らとは30分以上カーチェイスを続けている。後ろの座席に積んだ冷凍物の海老も傷み始める頃だ。いや、もうとっくに痛んでいるかもしれない。車の中は少々、魚介臭くなっていた。あたしは気持ち悪くなって窓を開けた。この後、束の間の自由が保障されているとはいえ、好い加減ウンザリしてきていた。
「何で俺まで逃げなきゃならないんだ!」
スパイクが大きくハンドルをきった際に、曲がりきれず、露店の果物を載せたカートに後ろの車の一台が突っ込んだ。とはいえ、まだ二台程残っているが。そんなことはお構いなしで、あたしは卵が割れていないか確認した。幸い、まだ割れていなかったけれど、割れる(もしくは腐る)のも時間の問題のようだった。
「仲間でしょ!付き合いなさいよ!それより、食材が傷むから速く帰りましょ!」
窓から入り込む風に負けまいと大声を上げたあたしをスパイクはウンザリしたように見た。トレードマークの煙草はとっくに短くなって灰皿に収まっているし、次のモノを吸う暇はなかった。
「帰れてたらこんなことになっているわけないだろうが!」
それもそうだ。
あたしは納得したが、食材は納得してはくれない。彼らも借金取り同様、年中無休のモノなのだ。緩やかに、緩やかに腐っていく。例え冷凍庫に入れたって、解凍したとたんに今までの分を取り戻すかのように老朽化が進む。
現代に蘇ったあたしの身体も。
「あ…。」
スパイクが間抜けな声を出し、窓枠の向こうの景色が緩やかに流れ始めた。さっきまで、景色を見ることなど不可能だったというのに。後ろの車はどんどん近づいてくる。
「どうしたのよ!追いつかれるじゃな」
焦ったあたしは叫んで、途中で止めた。そしてどんなに整備を施された車であっても、終わりなしには存在しないのだと思った。
車はエンジンが止まっていた。
「ねー、どうしてどうして?何でエビがいないのー?買いに行ったんじゃないの?」
無邪気にエドに尋ねられて、あたしは力無く笑うしかなかった。海老は借金の形として借金取りに持って行かれてしまったのだ。持ち合わせのないあたし達の持ち物の中では、ソレが一番高価なモノであったから。
「秘密よ。」
「秘密ー?」
首をかしげるエドに合わせて、あたしも首をかしげた。
「そう、秘密。取りあえず、今夜は蕎麦にするから待っていなさい。」
「わーい!トシコシソバだー!」
あたしの夕食の準備を告げる言葉に、エドは海老の行方をはぐらかされたことも忘れて踊り回った。
「海老天がなぁ。」
スパイクはぶつぶつ言いながら、ソファにもたれて久方ぶりの煙草を楽しんでいた。
何はともあれ、あたしもエドもスパイクも、そして借金取りのお兄さん達も。ここで終わりにしたくなければ、新年を拝みたければ。
年中無休で生きていくしかないのだ。
来年は決して負けない。
そう誓いながらあたしが蕎麦を啜っている頃、あたし達から取り立てた海老に(おそらく、車内に置きすぎたのだろう)借金取りの方々があたったのは別の話である。
初掲載 2004年12月31日