「エドー、お風呂空いたわよー。」
あたしがシャワーを浴びて出てくると、そこにはスパイクしか居なかった。あたしは居もしないエドに呼びかけてしまったことに気付いて、恥ずかしさから一瞬言葉に詰まったけれど、どうにか次の言葉を紡ぎだした。
「…エドは?」
「あー、あいつならジェットと買物に行ったぜ。」
咥えた煙草を上下するスパイクに、あたしは冷蔵庫から2本ビールを取り出して、1本を彼に投げた。
「サンキュ。」
「どーいたしまして。」
プルトップを引き起こして開け、ごくりとビールを口にした。苦い味が口内に広がって、少しばかり酩酊した気分になる。あたしは自由だ、と思った。…実際は借金だらけの身だけれど。
昔から酒を飲んで気が大きくなると、あたしはギャンブルをしたくなる性質だった。でも今あたしたちの居る街には賭博場なんて気の利いたものはない。あたしは仕方なくパチンコで済ますことにした。
「パチンコ行ってくるわ。」
「…俺も行く。」
まさかスパイクまで付いてくるなんて予想しなかったけれど。
パチンコ店内は凄まじい熱気と煙草の香りに包まれていて、折角シャワーを浴びたのに、と一瞬だけ後悔した。
「あ、あそこにしましょ。」
空いてる席を示し、さっさと座ったあたしとは対照的に、スパイクは物珍しそうに辺りを見回した。
「ふぅん。これがパチンコかぁ。」
その言葉に、あたしは絶句し、そして思わず立ち上がっていた。
「何、あんた初めて来たの?!」
「ん、あぁ。」
ポリポリと頭を掻くスパイクにあたしは脱力して座り込んだ。
「当たり出てるわよ、当たり。」
「ん、どうすんだよこの後。」
ジャラジャラと玉の転がる音ばかりがする店内で、あたしとスパイクは仲良く並んで座って打っていたのだけれど、当たりの出ているスパイクとは反対に、あたしはスッてばかりで、イライラしていた。何で初心者のこいつに当たりが来てて、あたしに来ないのよっ!また出たはずれに舌打ちが出た。もう玉も残り少ないし。
「なぁ、フェイ。」
「うるさいわねっ!」
バンッと台座を勢い良く叩いて、あたしは立ち上がった。
「あたしはあんたの何なわけ!」
叩いた衝撃でフィーバーが訪れたけれど、あたしはそんなことは気にならないくらい興奮していた。そして錯覚かもしれないけれど、あたしたちの周囲は静まり返ったようだった。
その事実に気付いてから、ようやくあたしは軽率な言葉を口にしたのか理解した。あたしはスパイクに対して、まるで恋に鈍い男に対しキレた女が吐くような言葉を叫んでいたのだ。
もちろん、あたしはスパイクに恋をしているわけではないし、彼の心の中には今も昔の女が息づいていることを知っている。
「ちっ、違っ!」
「すみません、お客様。」
あたしが訂正の言葉を口にしようとしたその時、無駄に筋肉の付いた店員がきらびやかな笑顔を貼り付けて近づいてきた。
そして、あたしたちは店を追い出されたのだった。
「あんたのせいで、追い出されちゃったじゃないのよ。」
「お前が唐突に叫ぶからだろ。」
「うるさいわねぇ。」
「何だと。」
他愛ない会話をしながら、あたしはスパイクと並んで通りを歩いていった。
「あー、ビール飲みたいわぁ。」
こんな日常も、悪くはないな、と口には出さなかったけれど思ったのも確かだ。
初掲載 2004年12月4日