若きウェルテルの悩み / はるか17


 あの人が私を愛してから
 どれだけ自分が自分にとって
 どれだけ価値のあるものになったことだろう


 私は独りでセブンスヘブンに帰ることになった。バレットからマリンの面倒も頼まれたし、孤児になってしまった子供たちを世話する人が必要だったから。もちろん、店の切り盛りもしなければならない。
 帰ることを告げると、クラウドは何か言いたそうに口を開き、けれど結局閉じてから一言呟いた。
 「ごめん。」
 その一言は辛かったけど。しょうがないことだとわかっていたから、私は笑って首を振った。正直、うまく笑えていたかはわからない。うまく笑えていたら、と思う。
 だって、別れは必然だったから。
 クラウドが今は亡きエアリスに惹かれていたのは、知っていた。私もクラウドのことが好きだったし、彼をよく見ていたから。幼馴染としての位置を抜け出せないことを知っていながら、私はそれでも彼に惹かれていた。
 エアリスとの出会いでクラウドの雰囲気が変わっていく様は傍で見ていて喜ばしかった。だから、エアリスとの仲を知っても、笑って身を引くことが出来た。
 でも、今考えれば、私は諦めが付いていなかったのだと思う。


 エアリスが、死んだ。誰も望んでいない死だった。
 クラウドが自暴自棄になり、私は彼を支える幼馴染としての位置を再び手にした――いや、それ以上の恋人としての地位を。
 私は、喜んだ。
 喜んでしまったのだ、エアリスが死んだというのに。その時から、私の中でエアリスの死は必然となった。
 私が触れても、唇を、身体を重ねても、クラウドの心は凍ったままだった。未だ、エアリスのことを想っていた。
 それでも彼は、私を愛していると言う。私の髪を撫でて、愛を口にしながら、エアリスのことを想うのだ。彼女の笑顔を、彼女の声を、彼女の指先を。居ぬ人のことを想って、私に幻影を重ねる。私はそれに気付いて、でも愛を失うのが怖くて、黙っていた。
 愛されることは辛い。それでも。

 あの人が私を愛してから、どれだけ自分が自分にとって価値のあるものになったのか。
 どうして私じゃ駄目なの? 私となら一緒に笑いあえるし、抱き合うことだって出来るのに。

 「…バイバイ。」
 手を振る私と、申し訳なさそうなクラウドとの間に列車の扉が落ち、二人を阻んだ。
 私は冷たいそれに隠れることを願いながら、声を殺して泣いた。もう愛など要らないと、小さく呟きながら。










初掲載 2005年5月20日