「シャルウィダンス?」 第五話


 決闘場の真ん中で、紫の髪を結い上げた女が、木刀の具合を確かめるように二三度上下に振った。ファリスだ。形の良いバスト、くびれたウエスト。本来、男が身につけるはずの衣装は、女であることを見せ付けるかのように上手く仕立てられている。レースをふんだんに用い、橙と鮮やかな色使いのその姿は、あの黒衣の「海賊の頭領」と同一人物であるとは思えない気品と女らしさを兼ね備え、かつ、男物の衣装ゆえだろうか、単なる美貌だけが自慢の姫君でないことを示すかのような威圧感があった。
 紅いルージュを引かれた唇を笑みの形にして、ファリスが眼前の男に向き合う。その翡翠の目に、隠しきれない怒りと僅かばかりの喜びを見出して、男――バッツは、困ったように小さく頬を掻いた。そんなバッツに、ファリスが文句を垂れる。
 「お前、来んの遅すぎ。」
 「…えーっと、それは…俺で、良いってことか?」
 「いらないんなら帰って。」
 そっけない台詞に、バッツが悪びれた様子で笑った。
 「んなこと言われて諦められるもんなら、とっくに、諦めてるっつーの。」
 口元には贋の笑みが浮かび、目許はいまだ笑っていないが、初めて、ファリスが満足そうに頬を緩めた。そんな己を戒めるように、ファリスがきつく唇を引き結ぶ。
 「言っておくけど。」
 そこで、ファリスはにっこり花のように微笑んだ。
 「俺、わざと負けるような安い女じゃないから。」
 審判の「始め!」という声に被さるように迫ってきた刀の切っ先を薙ぎ払い、バッツは心中溜め息を吐いた。
 言われるまでもなく、そんなこと、知っている。


 「姉さん、本当に欲張りよね。欲しいものは全部、手に入れちゃうんだもの。」
 おそらく最後の決闘となるであろうバッツとファリスの戦いを見守るため、屋上にやって来たレナが嘆息した。クルルはそんなレナを見上げ、小さく首を傾げる。
 「…えっと…レナお姉ちゃんは、…もしかして不満?」
 「いいえ。ただ、羨ましいと思って。私にはとうてい真似できないから。」
 誰よりも自由と尊厳を尊ぶレナの姉は、本来ならば、賞品扱いされることを嫌がるだろう。それが、自由と尊厳を損なうからだ。だが、その賞品であることが、逆にファリスの価値を高める結果となった。
 誰もが欲しがり、しかし、誰も手に入れられない至高の女。
 「それは、当然、手に入れたら大切にするわよね。」
 「?ファリスお姉ちゃんを?」
 「ええ。」
 「だって、バッツだもん。クルルは、バッツなら絶対、ファリスお姉ちゃんのことを大切にすると思うよ!バッツ、ファリスお姉ちゃんにメロメロだもんね。おじいちゃんも言ってた。」
 「ふふっ、ガラフにもばれていたの…でも、ガラフが一番最初に気づいたのかもしれないわね。」
 眼下の決闘場では、くるくると、白と橙が弧を描いている。周囲は息をすることすら忘れたかのように静まり返り、ここからでも剣戟の音が聞こえるほどだ。
 レナは秘密の打ち明け話をするように、隣のクルルにこっそり囁いた。
 「まったく、もう、姉さんたら。得意の魔法剣が使えないルールじゃ、バッツには勝てないってわかっていてこれだもの。」
 「二刀流でもないしね。」
 二人で顔を見合わせ、小さく笑いあう。
 この決闘に勝利しても、バッツの嫌がる王族としての地位や財は付いてこない。手に入る褒賞は「ファリスだけ」なのだ。バッツの自由と尊厳を尊重し、かつ、自分の欲しいものを全て手に入れ、レナやクルルにまで気遣いを見せるファリスが、自分の姉で本当に良かった、とレナはつくづく思う。同時に、何とも言えない誇らしい気持ちに駆られて、レナは晴れやかな笑顔で決闘場を見下ろした。そして、腕を組み、呆れたように嘆息をこぼす。
 武は極めれば、舞に通じるというが。
 「綺麗…それに、とっても楽しそう。」
 アン、ドゥ、トロワ。ターン。
 苦心して姉に教えたステップを思い返しながら、レナは頬に手を当て、苦笑をもらした。これでは、まるで。
 「まるで、二人きりで踊っているみたいね。」










初掲載 2009年4月5日