「勇ー、トリックオアトリート!」
「…馬鹿だろ、お前。」
思いっ切り日本読みの英語発音と机の上に広げられた菓子に勇は顔をしかめ、邪魔な菓子を夏帰が勇の机にくっ付けた机に全て押しやると、朝コンビニで購入した昼食を手早く広げた。
夏帰は勇の行動にめげるでもなく、ニコニコと笑っていた。そんな夏帰の様子を勇がジト目で見やった。
「何がそんなに楽しいんだよ。」
「いや、勇可愛いなーって思って。」
どうすればそういう考えに至るのか勇は理解不能だったが、男であるにもかかわらず可愛いと形容されたことが不服だったので、とりあえず夏帰を殴った。それでも夏帰はヘラヘラと笑っていた。
「…ここが公共の場だってわかってるの?男同士で見苦しいわよ。特にあんた、夏帰。死ねば?」
千晶が二人を嘲りながら机の上に弁当を広げた。勿論、邪魔な菓子を夏帰のスペースに押しやることを忘れない。
勇ははっきり暴言を口にするようになった千晶を、眩しい目で見た。東京受胎以降、千晶は物言いがどことなく佑子先生に似た。勿論、主張はまるっきり180度違う。片や強者への教育、片や弱者は死あるのみ。後者は言うまでもなく千晶のコトワリだ。こんなに格好良かったら確かに惚れてるよなあ、と勇は内心トウキョウでヨスガに傾いた悪魔たちの気持ちがわかった。千晶は暴力的に格好良すぎる。それは実際に破壊や破滅や暴力を伴う美しさであるのだが。
勇は年上の女性が好きだ。年上が、というよりは同年代ではあまりいない、自立した女性が好きなのだ。
そんな勇を夏帰は想っている。それは傍目にあからさまなほど。だから勇は佑子先生が好きだ好きだと主張して夏帰の猛アタックを回避するしかなかったのだが、果たしてそれは、東京受胎を迎えるにあたって吉と出たのか凶と出たのか。
結局、世界は何一つ変わらないでいる。人々の中に現実とは思えないような変な記憶があるだけだ。
「勇も千晶も祝おうぜー、折角のハロウィンなんだからさ。」
「あら。じゃ、お菓子だけ貰うわ。悪いわね。」
あくまでハロウィンを勧める夏帰から、千晶が学生鞄に入りきるだけゴッソリ菓子を奪い取った。たちまち、夏帰の机の密度が下がる。勇は千晶の横暴にいっそ感嘆した。凄すぎる。暴君だ。女王様だ。流石、ヨスガの祖。
「じゃあ残りは帰りに一緒に食べようぜ、勇。」
それでも長年の付き合いで慣れているのか、夏帰は動じもしないで爽やかすぎる笑みを浮かべた。不審なほど爽やかすぎる笑みには、夏帰の考えが漏れていた。弁当箱の隣にそっと置かれた歯磨きセット、勇にしてみれば甘過ぎる菓子の中で異色を放つミントガム。そういえば、ここ最近、夏帰が歯医者に通っていたことも思い出した。
夏帰は考えが浅すぎる。だからこそ、自分はまだ貞操を守れているわけでもあるのだが、良くぞこれで、あのトウキョウの熾烈な抗争を生き残り、挙句勝利できたものだ。そんな夏帰に負けたのかと思うと自分への情けなさが、そんな夏帰に勝てなかったのかと思うと負けた千晶や氷川への疑問の念が、そしてあの世界で理不尽な強さを誇ったそんな夏帰への脱力感が勇には襲いかかった。
勇は大きく嘆息して答えた。
「…何もしないなら。」
がっくり肩を落とした夏帰も気にせず、いつもの調子で勇と千晶は昼食を続けたのだった。
初掲載 2005年10月3日
改訂 2007年9月19日