God:04「不透明ダイヤモンド」


 『人を知りたければ腹を裂く。心を知りたければ心を壊す。』
 サーフの研究に対するスタンスというものは、そういうものだった。知りたいものは解体して、内を覗き込む。取り繕った表皮を無理矢理剥いで、誰もが抱えている暗い部位を暴くのは、サーフにとって面白いものだった。特に心ともなれば、孕んだ闇は深いだけに晒した後の快感も格別だ。どれだけ強いと称される人物であっても、関係ない。ただ、サーフは知るために破壊し、崩壊させ、破滅させ、堕落させた。そう。サーフにとって、地位や評価は関係ない。どれかけ強いと称される人物であっても、関係ない。サーフには貶める自信があった。
 はず、なのに。
 何故、壊れないのだろう。
 草臥れた白衣を纏ったヒートの背を、サーフは目を細めて眺めた。自分は失敗したのだろうか。ヒートがサーフの事務室から出て行く。サーフは溜め息を一つ吐き、ヒートが示した提案を検討するため、ヒートが置いていった資料に視線を落とした。別段、資料に異常はない。カルテに記載された内容は、全てが順調に進んでいることを示していた。
 だからこそ気に食わない。
 カルテを机上に投げ出し、サーフは椅子から立ち上がった。何を懸念する必要がある。全ては予定通りに進んでいる。むしろ、ヒートの健気な献身で、実験体の寿命も実験の成果も想像以上に伸びている。このままいけば、神の降臨は近い。サーフが神になる日も。それにもかかわらず、ヒートは実験体への投薬を減らしてくれと乞う。
 「そんなのは、実験を遅らせるだけに過ぎない。」
 サーフの口をついて出た言葉は音となっただけ、脳内で愚痴としてこぼすよりも格段に存在感が増した。サーフは苛立ちのまま、再び同じ台詞を口にした。そうだ。何故、そんな実験を遅らせるような真似をしなければならない。
 衝動のままに舌打ちし、サーフは椅子を蹴り上げた。椅子が机に当たり、その衝撃に眼鏡が床へと軽い音を立てて落ちた。だが、そんなことは気にならなかった。
 そうだ。何故、そんなことを!
 「ヒート、それはお前のエゴだ。」
 自分は失敗したのだろうか。
 そもそもヒートを、サーフは己が成り上がるための駒として獲得した。友人ではない。表面をどれだけ綺麗な言葉で飾り立て、本心を告げたとしても、サーフはヒートを友人として見ていなかった。見てはいけなかった。サーフは絶対にして唯一の神になる。神に並ぶものなど、必要ない。あってはならない。敬遠されがちな見た目や行動に反し、あれほど心のうちが明け透けで分かりやすいと思っていたヒートは、今では霧のように正体が掴めない。透明なガラスのように、すぐそこにあるはずの心が、暴くまでもないと見下しつつも憧れていた簡潔で率直な心が、見えない。慌てて暴こうとしてみれば、心はあまりに頑なに閉ざされていた。
 もとより、ヒートが壊せないであろうことは薄々気付いてはいた。気付いていたからこそ、それを買ってサーフは手駒に選んだのだ。だから、ヒートがわからなくなったとき、純粋にサーフは焦った。まさかサーフの指示に従わず、自ずから動き出してしまうなどとは思いもしなかった。手痛い誤算だった。
 再び小さく舌打ちをして、サーフはヒートを牽制するための策を練るためひとまず椅子に座り直した。床に落ちている眼鏡を拾い上げる。サーフは顔を顰めた。眼鏡のレンズはひび割れて、使い物になりそうもなかった。ついさきほどまでは明瞭だった視界は、ひびのせいで、向こう側すら満足に見通せない。サーフは眉を顰めた。
 ヒートの心も、レンズと同じだった。ひび割れて、もう使い物になりそうにない。そして他の者たちのように壊せない分、尚更性質が悪い。スチールと称される硬いヒートの表面に、取り戻すことのできない瑕を付けた事実は、サーフの心を大いに満たした。だが、それだけだ。もう、手に入らない。見えない。
 自分はどうすればいい?
 『人を知りたければ腹を裂く。心を知りたければ心を壊す。』
 心を知りたければ心を壊す。だが、心は壊せそうにない。
 ふと脳裏に浮かび上がった、恋慕の情を瞳に浮かべて微笑むヒートの助手の姿に、気乗りしなかったが、サーフは携帯のアドレスを開いた。こうなってしまえば、精々、サーフには祈ることしかできない。何に祈るのか。神だとしたら、自分の災難の後始末を自分に願うというのも矛盾した話だとサーフは思った。
 コールが鳴る。1回。サーフはその瞬間だけ、切に祈った。2回。自分自身に対し、自分自身の明るい展望を。


 3回。


 着信が切れる。


 「―――ああ、アルジラかい?僕、サーフだけど。」










初掲載 2007年2月5日
Rachaelさま