恋縛   現代パラレル


 「監禁したい。」と告げられた。



 政宗と三成は、高校以来の縁だ。一年の時、同じ図書委員に所属したのが出会いだった。
 仲を深めるようになったのは、当番のシフトが同じになった夏休み。何を好き好んで休みまで学校に来なければならないのか、と愚痴り合ったのが切欠で、段々、話し始めるようになった。三成と話すのは、何だか楽しかった。もう二度と夏休みを図書室で過ごしたくない、と思う一方で、二年次の春、再び図書委員に推挙してしまったのは、そのせいだろうか。
 初めてキスをしたのが、二年の初夏。他愛もない雑談をしていたところ、何が癇に障ったのか、機嫌を損ねて黙りこくる三成に、政宗がいぶかしんで覗き込むと、ふっと、冗談のようなキスを落とされた。沈黙。三成があまりに真面目な、普段と変わらない顔をしているので、政宗は白昼夢でも見たのかと目を瞬かせて、それきりだった。沈黙を飲み込むように口にしたペットボトルのお茶が、ひどく温かったのを覚えている。
 二度目のキスは、翌週、閉架でのことだった。政宗が司書に頼まれて探しに行った資料は、思いのほか高い棚に保管されており、平均より少し低い身長の政宗には手が届かなかった。政宗が諦めて脚立でも持ってこようと思ったとき、後ろから伸びた手がその資料を掴み、振り向いた瞬間、唇に何か触れた。
 「わしが好きなのか?」
 二三度瞬きをしてから、政宗が不審がる声で尋ねると、三成は、「わからない。」と素っ気なく答えた。わからないとは何だ、と問いたい一方で、政宗自身にも、拒まない自分の心境がわからなかった。
 それから、夏休みが始まり、共に図書室で過ごした。ふっと沈黙と共に落ちてくる口付けに、なし崩しのように、付き合いが始まった。
 初めて抱かれたのは、三年の夏休み。図書室からの帰路、じりじりと暑い日差しの下を歩いていると、三成に、「来るか?」と誘われた。とても暑い日の出来事だったので、それが何を意味するのか、自分はそれをわかっているのか、悩むことすら億劫で、政宗は頷いた。道端に落ちている蝉の死骸が印象的だった。
 秋が来て、冬が過ぎ、春になり、再び、夏が巡った。
 一年が過ぎ、大学二年の夏。政宗は三成に、「監禁したい。」と告げられた。


 三成の言葉に別段驚くでもなく、政宗はあっさりその懇願を受け入れた。元々、政宗にとって、三成は何を考えているのかよくわからないようなところがある。
 別に、ずっと監禁されるわけでもない。厳正な協議の上、期間は三日間と定められた。場所は、三成の住んでいるマンション。三成に携帯やネットを禁止され、連絡がつかなくなることもわかってあったので、そのことだけは、事前に周囲に知らせておいた。丁度夏休みのことで、それほど、私生活に支障が出るわけでもない。ちょっと風変わりなお泊まりとでも考えれば、気楽なものだ。万が一のことを考えて、自身のアパートに三成のマンションに行く旨の置手紙を残すと、政宗は、鞄に衣服や図書館で借りてきたミステリー小説や夏休みの課題を詰めた。それから、首輪や手錠を使われるときのことも考慮して、ハンドクリームや軟膏も所持品に加えた。監禁、と言われて、政宗に思いつくことはそれくらいだった。もしかしたら裸にされるかもしれないが、寝る間柄なのだ。今更のことで、あまり恥ずかしくもない。危なげな映像の撮影やそれを用いての脅迫が目的なら、こんなわざとらしい機会を作るでもなく、行われていることだろう。それがわかっているので、警戒心も起こらない。
 車で迎えに来た三成は、政宗の荷物の多さに僅かに片眉を上げて驚きを示しただけだった。


 三成のマンションはがらんとしていた。異常に荷物が少なく、小ざっぱりとしている。長い付き合いの割に初めて三成のマンションを訪れた政宗が尋ねると、この春、ここに越してきたばかりらしい。そういえば、実家の部屋も私物が少なく、几帳面に片付けられていた。多趣味ゆえ私物の多くなる政宗とは正反対だ。テレビの脇には、キティのぬいぐるみが置かれている。土産ものなのだろうがあまりに三成のイメージにそぐわないので、政宗が怪訝な顔をしていると、三成は「この前来たとき、おねねさまが置いていったのだ。」と、尋ねてもいないことを嫌そうに教えた。片付けられない点を見ると、未だにねねが怖いのか、豊臣夫妻が不意に襲来するのか。それとも、やはりぶっきらぼうなことを言いつつも、ねねに懐いているのか。
 おかしがる政宗を見て、三成が不快そうに顔をしかめた。それがスタンスだとわかっているので、怖がるでもない。政宗はひとしきりからかった後、三成に向かって両手首を差し出した。後ろ手にされては、課題も満足にこなせない。首輪は、それが目的のものなのであろうが、飼われているようで何となく好めない。そういう思惑もあって先手を打つと、意図が読めないのか、三成は怪訝そうに眉をひそめた。
 「監禁するのであろう。手錠とか…縛らぬのか?」
 言うと、ようやく、三成も合点が言ったような顔をする。それとも、監禁とは名ばかりのもので、三日間、誰にも邪魔されず二人きりで過ごしたかっただけなのだろうか。三成はたまに、恐ろしく甘いことを考えることがあった。
 穿ちすぎたか、と自分の先走りに苦笑する政宗に、今更のように三成が頷いた。左手を強く掴まれ、上下を引っくり返される。
 「色々考えたのだ。どうすれば、お前が俺から離れないでいるのか。どうすれば、俺のものになるのか。」
 ぐいぐい、手を引かれる。歩き出した三成の後を、慌てて、政宗も追いかけた。
 「首輪をすれば良いのか?手錠をはめれば良いのか?縄で縛れば良いのか?閉じ込めて、俺以外を見せなければ良いのか?足を断てば良いのか?目を潰せば良いのか?辱めれば良いのか?――色々考えたが、大人しく捕まっているお前が想像できなかった。どうも、俺の中で、お前という存在は自由なものらしい。」
 「…わしも、おめおめ縛られるような真似はせん。」
 やはり、三成は何を考えているのかわからないようなところがある。真面目だから、その分、一度道を逸れると結論も飛躍してしまうのだろうか。棚を漁る三成を眺めながらそんなことを思う政宗の手に、三成が、押し付けるようにして無理矢理それをはめこんだ。
 「だから、散々思いあぐねたが、こんな方法しか思いつかなかった。」
 ようやく離された手首には、くっきり、三成の指の跡がついている。政宗はそれを非難するように摩ってから、左手を宙へとかざした。薬指できらきら光るものがある――指輪だ。信じられないものを目の当たりにして、走馬灯のように、三成との出会いからこれまでのことが脳裏を駆け抜けた。
 「…わしが好きなのか?」
 二三度瞬きをしてから、政宗が不審がる声で尋ねると、三成は、「わからない。」と素っ気なく答えた。わからないとは何だ、と嘆息しそうになる政宗を制して、三成が続ける。
 「わからないが、どうも、そうらしい。」
 同時に、抱き締められて、唇を噛まれた。やはり、三成という男はよくわからない。先ほどまで捕まりそうな戯言を述べていたかと思えば、指輪を押し付けて、今は欲情している。その切り替えの奇矯さには、政宗も内心首を竦めるしかない。隣へ行けばベッドがあるというのに、壁に押し付けられ、Tシャツをたくし上げられる。
 「俺は、お前を縛り付けて、監禁したいのだ。」
 三成が薬指の指輪を一瞥してから、政宗のさしてない胸元へ顔を埋める。こんなプロポーズがあってたまるものか。見られないよう、溜め息混じりに三成の頭を掻き抱いた政宗は、こっそりと陰で破顔一笑した。











初掲載 2009年5月10日