四畳半物語   現代パラレル


 外観を見たときから嫌な予感はしていた。それは扉を開けたことで確実なものになった。
 金を数字としてしか認識できないまま現在に至る三成よりも、同じ良家の出であっても多少は金銭面に明るい政宗は、金額を考慮すれば儲けたくらいだと思ったが、三成は内心不満なようだった。長い付き合いだ。話さなくても、目を見ればそれくらいわかる。
 三成が文句を言わないのは、他に選択肢がないからだ。親友の兼続に勧められた手前、というのも理由にある。
 ここから早く抜け出すために金を稼ごう。
 三成はそう思いながら溜め息をこぼし、持ってきた荷物を床に置いた。これほど狭いとは、想定外だ。実家の風呂よりも狭いのではないか。
 現在三成と政宗がいるのは、町の外れにある木造建ての古いアパートだ。裏手には林がうっそうと繁っていて、その林と建物の間に、額ほどの小さな共用の庭がついている。エアコン、暖房器具、風呂の類はなし。トイレは階毎で共用。ガス台と押入れが備え付けだ。
 そこの2階、西向き、四畳半の部屋を三成と政宗は契約した。兼続の部屋の隣である。家賃は兼続の紹介ということもあって、随分低いものを提示された。
 とはいえ、大企業の御曹司と政治家の娘として育ってきた二人である。これからここで暮らすのかと思えば、三成のように憂鬱にもなろうものだ。
 何故、二人がこんなアパートを借りたのか。
 理由はしごく単純だ。敵対関係にある家柄の三成と政宗は、手に手を取って駆け落ちした。家族は探偵を雇って自分たちを探すだろう。ばれたくないから片田舎の、資金の問題でこのアパートに決めた。
 言ってしまえばそれだけのことなのだ。ただ、想定外なくらい兼続の紹介先がぼろかったというオチがついてきたが。
 「とりあえず、買物に行くぞ。カーテン、冷蔵庫、…レンジは高うつくから止めるか。後は布団にタオル、調理器具も必要じゃな。電気、水道、ガスはもう連絡してあるし使えるじゃろう。たぶん。」
 下ろしてきたありったけの金と必需品をメモした手帳を取り出して、政宗が荷物を壁際に置いた。
 「ほら、いじけてても仕方なかろう。二人で話し合って決めたのじゃから、今更文句を言うでない。」
 「…文句など言っていないだろう。」
 「目が言うておる。」
 さっさと歩き出した政宗に急かされ、溜め息混じりに三成も玄関へ歩き出した。


 おだてればその気になりやすい性質の三成は、政宗が部屋のレイアウトを任せたところ、最初こそ面倒臭そうにしていたもののすぐ没頭した。見た目や実用性に口うるさい政宗がレイアウトを任せてくれた、自分を信頼してくれた、という思いもあるのだろうが、元々が凝り性だ。荷物を配達してくれるように頼み店を出たころには文句を忘れ、すっかり機嫌を直していた。
 この先、どうなるのだろう。
 男だから俺が持つと言って止まない三成に調理器具の入った重い袋を任せて、夕飯の材料だけ持った政宗はぼんやりとそう思った。
 引越しの挨拶には素麺だと主張してうるさい兼続を黙らせ、アパートの住人にタオルを配った。そのとき、兼続の仕事先に勤めることにした三成と違い仕事の当てのなかった政宗は、1階に住む孫市の紹介で仕事を得ることができた。雑賀骨董品店の店員だ。
 しかし仕事を得たからといって、先が見えるわけもない。逃避行の身だから、本籍も移せない。入籍も無理だ。それが影響するような仕事先でもないのが幸いだが、このアパートから出るのは困難だろう。
 今まで経験することのなかった、そして本来であれば経験することがなく終わるはずであった、日銭を稼いで暮らす生活だ。
 政宗は隣の三成を見やり、物思うように微かに笑った。未知でしかないこんな生活も、三成がいれば堪えられるだろう。
 「幸せじゃしな。」
 「む?何がだ?」
 「…何でもない。早う帰ろう。」
 言って手に手を絡めると、三成が驚きに目を見張った。
 確かに考えてみるまでもなく、手を繋ぐなど初めてのことだ。これまでは家族の目があって、会うことすら儘ならなかった。驚くのも致し方ないだろう。
 それが、これからは、これが日常になるのだ。
 そう思うと喜びに胸が弾んで、政宗は笑みを零した。木造で古くて風呂がない四畳半だろうが、関係ない。
 「これからは、あそこが我が家じゃ。」











初掲載 2007年12月2日