曖昧ミーマイン


 政宗は怒り狂っていた。部下や友人たちに当り散らすことは後々自己嫌悪に教われるため趣味ではないので、政宗は独り自室に篭もっていた。そのうち、名ばかりの妻である(残念ながら、実際に「妻」にすることは不可能だった)愛や、愛に何か言われたらしい親友の孫市が様子を見に来たが、愛には大丈夫だという言葉、孫市には八つ当たりの罵倒でもって追い返した。
 政宗が考えているのは、恋人のことだった。最近出来たばかりの恋人で、嫌がらせゆえの名称が「恋人」だった。呼ぶべき関係は、「政敵」という。彼が政宗を自軍に寝返らせるため、あれこれ手を変え品を変え尽くした結果が、「恋仲」という不名誉な噂だった。
 彼は鼻につくほど傲慢で自尊心が高かった。それゆえに、政宗は彼が嫌い「だった」し、何故このような男に惚れたのだろうと度々幻滅したりもした。だが、その傲慢も仕方ないと思えるほど男の顔は整っていた。それゆえに、政宗は惚れてしまった。いや、本当は彼の脆さや弱さに裏打ちされた不器用な優しさを知ったせいかもしれないが、政宗は断じて認めたくなかった。
 つまり、と政宗は歯軋りしながら考えた。つまり、あの顔の造形美こそが諸悪の根源に違いない。
 政宗は既に彼を罵る準備は整っていたが、あまり、彼に会いたいとは思わなかった。これからの経験則から言えば、実際に会うや否や済し崩しになってしまい流れるに決まっているのだ。彼は性格が悪く傲慢で偏屈で、その癖、取り繕うのだけは巧かった。あんなに性格が悪く傲慢で偏屈な癖して、彼は、異様に政宗に優しかった。それは時折のことでありはしたが、その優しさと甘さに満ちた目に見つめられ、気遣わしげな指先で触れられるたび、政宗の中の怒りは脆く崩れ去った。抱き締められ愛を囁かれてしまえば、もう、政宗も彼に文句を告げる気をなくしまうのだ。そのあまりの馬鹿らしさに。
 無論、政宗はそれが「ふり」だとわかっていた。彼が自分のことを優しさと甘さに満ちた目で見つめたり、気遣わしげな指先で触れるはずがない。それでも、政宗はその「ふり」に溺れていたかった。だから、全てが馬鹿らしかった。偽りの恋仲も、寝返らせようとする彼の芝居も、どこまでが演技で本当かわからなくなりつつ己も、全部全部、馬鹿らしかった。憎くて、哀しくて、やりきれなかった。
 何にせよ、断固として怒りを持続させ、それを知らしめたいとき、政宗は彼に会わないようにするのが得策だった。
 だが、今回も策は巧くいかなかったらしい。呪いの言葉を吐く政宗の後ろで、扉が乱暴に開け放たれた。どう鑑みても、彼しかいなかった。
 実際、振り返ると、そこには彼が苛立たしげな様子で立ち尽くしていた。その目に若干焦りが浮かんでいるのは、政宗の目が泣き腫らされているからに違いない。いや、正直に言えば、そうなら良いのにと政宗が思った。
 彼はいくらか口内でぶつくさ文句を言った後、断固たる態度で政宗の部屋に足を踏み入れた。そして、政宗の前に立ち、呆れに嘆息した。その呆れは、こんな風に一人泣いている政宗に対してのものか、こんな風にしてしか接せない己に対してのものか、政宗には判然と区別がつかなかった。
 「帰るぞ。」
 彼はそれだけ告げた。
 「帰る?どこに?こここそがわしの帰る場所じゃ。」
 「違う。」
 彼は大いに顔をしかめて、唸るような声で吐き捨てた。
 「貴様は俺と来るのだ。貴様の帰る場所は奥羽ではない。俺の――俺たちの住む大坂だ。」
 それは結婚の申し出というには些か変わっていた。政宗も一瞬意味がわからなかった。
 だが、己への怒りで耳まで赤く染めた彼は、そんな政宗の様子などお構いなしに、腕を引っ張り立ち上がらせた。そして、政宗を抱き締めた後、低く掠れた声で囁いた。
 「名ばかりのものでなく、真実、お前を俺のものにしたい。妻になれ、政宗。西に来い。俺はお前が欲しいのだ。」
 政宗はその言葉に声を立てて笑った。笑った拍子に涙がこぼれた。それでも、政宗は神経質に笑い続けた。結婚など、時代が許さない。自分たちは敵なのだ。彼は西軍の大将、政宗は東軍の勇将ではないか。
 だが、彼に惹かれている政宗には、はっきり拒絶することはできなかった。
 「三成、かように強く抱き締められると、背骨が折れてしまう!」
 政宗は茶化した。その声は常の力強さも皮肉っぽさもなく、無情にも湿っぽく震えていたが、政宗は必死に気付かない振りをした。











初掲載 2008年8月3日