抜かった。内心、三成はそう思った。一度わかれば、何故わからなかったのか不思議なくらいだ。決して大きいとは言えない三成の掌に、掴んだ手首は有に余った。細い。思わずしかけた舌打ちを自制し、払われるまま手を離した。
目の前で掴まれた手首をもう一方の手で守るように押さえ、政宗が三成を睨んでいた。
伊達政宗は女だった。
そんなことはあるのだろうか。ふと、影武者の存在が脳裏を過ぎった。政宗の影武者は妾もしている、猫とかいう女ではないか。では、これはその猫なのだろうか。
しかし、そんなはずはない。そのような影武者を、太閤秀吉との面会で伊達が利用するはずがなかった。いくら伊達男と持てはやされているとはいえ、相手は太閤。そのような無礼が出来るはずもない。第一、これが影武者であるとするならば、淀姫と会話をさせたことは三成にとって大きな痛手だ。
いずれ、秀吉は死ぬ。その死期を、政宗は既に耳にしているのではないか。
淀姫は秀頼の母であるという自信に満ちた高慢な態度で、政宗にそう問いかけた。時期を知っているのと知らないのとでは、今後の戦略に大いに変化が出る。だからそれに関して問うよう、そして伊達に味方を要請するよう提案したのは三成だった。
「貴様は、」
ぽつりと洩れた言葉を呑み込み、三成は唇を噛んだ。
先ほど人質に取る約束をした政宗の長男は、誰の子供なのだろう。政宗が長期間臥せっていたと聴いた覚えはなかった。それとも、影武者と入れ替わり、日陰で出産したのだろうか。
疑問は次々に湧いてきたが、敢えて尋ねようとは思わなかった。
「貴様は、女か。」
断定的に告げた台詞に、政宗が無理矢理口端を上げた。瞳には諦めの色があった。
「治部少輔殿は何を言っておられます。…この政宗めが、女に見えるとでも仰いますか?それは如何な治部少輔殿の言葉とはいえ、聞き捨てならないものですな。」
「誤魔化すな。俺は答えを求めているのだ。」
「……仮にそれが事実だとしても、安易にわしが認めると思うたか。」
「思わぬ。」
頭から足先までしげしげと眺めると、以前以上にその小ささが目に付いた。それは幼さゆえだと思ったが、女であるなら平均身長だ。平均より些か小柄かもしれない。
無理矢理奪うように手首を掴み、三成は政宗の腕の袖をまくった。袖は二の腕まで上がらなかったが、肘が出ただけで十分だった。
三成がねねから教わった数少ない知識の中に、男女の見分け方というものがあった。忍らしい観点だ。
咽喉仏、乳房、二の腕。それらは非常にわかりやすいが、性別を隠そうとしている者が剥き出しにしている可能性は低い。
「知っているか。女は子を抱くために、肘の形が男と違う風に出来ているらしい。――それはこんな肘なのだろうな。」
政宗の隻眼の諦念が、その一言で更に強まった。
「…わしを脅す気か?貴様らしい搦め手で、今まで通り。」
「まさか。貴様の長男を豊臣方に預ければ良い。あれに、貴様にとってどれくらいの価値があるのか知らぬがな。」
「…、わかった。」
政宗が解せぬといった表情なのも、仕方のない話だった。これまで散々、三成は伊達を陥れるため様々な策を凝らしてきている。つい先だっても失敗したが、伊達に謀反の疑いありと秀吉に告げ、処刑させようとしたばかりだ。
それでも理由を問おうとしなかったのは、藪を突いて蛇が出てきては困るためだろう。
(俺はな、政宗。)
浮かぬ顔色の政宗に三成は胸中呟いた。
(本当に欲しいものに関しては、正攻法で手に入れたいのだよ。)
それが天下であっても女であっても、変わりはないのだ。
初掲載 2007年12月9日