政宗は酒癖が悪い。自覚があるので酒を止めれば良いとも思うが、生憎と酒が大好きなのだ。どうしようもない。
酔うと政宗は、感情を素直に表す。本音をぼろぼろ洩らすので、接待では呑まないようにしている。
それだけならまだ問題視しないが、脱ぎ癖やキス癖もある。その癖は女性陣が必死に止めさせてくれるので、かろうじて未遂だ。
抱きつき癖もあり、それは座敷席で呑んでいたときに部下の膝小僧でやってしまい、パワハラでセクハラだと翌日焦ったが、部下が気にしていないようなので幸いだった。
また外で飲んだ場合、朝起きると部屋に見慣れないものが増えている。眼鏡をかけたアメリカの州のフライドチキンのおじさんを抱きしめて寝ていたこともあるし、ひょうたんを持った狸の像があったこともある。政宗は抱き枕など、何か抱かないと眠れない性質なのだ。
起きて早々、視界が悪い、二日酔いだろうかと思っていたら、眼鏡をかけていたなんてこともあった。誰の眼鏡か。それは今なおわかっていない。
その日。
政宗は呑みすぎ特有の妙に短い眠りから目覚めて、ベッドサイドの時計を確認した。まだ8時。仕事がない祝日だというのに、こんな時間に目が覚めるとは。何となく損をしたような気になり、冬の寒さも合間ってもう少し布団でぬくんでいようとした政宗は、思わずぎょっとして身を固くした。
隣には兼続がいた。
兼続はライバル会社の人間だ。大学時代から仲が悪くて良く喧嘩をしていたが、勤め先が同じ金融系ということもあって、卒業後更に仲が悪くなった。それでいながら、住所や携帯のアドレスを変更した際に連絡したり、年賀状を出したり、一緒に呑みに出かけたりするのはおかしいと孫市に指摘されるような関係だ。
同社の人間では愚痴れないこともあり、愚痴るならば同じ金融系の人間の方が多少理解してくれる。その上、酒の趣味が妙に合うから、と一応言い訳してはいるが、孫市が納得した様子はない。当然だ。当人だって、言い訳しながら納得していない。
そんな関係の兼続が、何故、隣に。
慌てて辺りを見回して、政宗は思わず瞑目した。背中の辺りが妙にごわごわすると思ったら、脱いだ上着が丸まったものを敷いているからで、さらりとした感触は毛布を裸の上に直接かけているからだった。嘔吐が原因で衣類を脱いだというのであれば、こんな風に上着を下に敷いていないだろう。そもそも、全裸である必要もない。
そう、政宗も兼続も全裸だった。
「マ、マジか…。」
顔を覆って低く呻くと、ぼんやりおぼろげながら昨日の記憶が甦ってきた。
同大学で同ゼミに所属していた同級生の稲が、とうとう、幸村の義姉になったらしい。
「みなさんにも、結婚式に同ゼミの出として出席して欲しいとのことでした。」
微妙な顔で招待状を手渡してきた幸村は、実際、微妙な心持なのだろう。友人が姉になったのだ。
まあ呑めと幸村の杯に酒を注いで、政宗は稲のことを思った。一時期はァ千代様だのくのいちだの尚香だのと、男は眼中になった娘が仲間内で最初に結婚するとは。
時の流れは速いものだとぼんやり思って、政宗は大きく溜め息を吐いた。式に参加はこれが初めてになるが、小中学校の友人もちらほら、結婚した出産したと連絡は受けている。
「出遅れたか…。」
別に早い晩いの問題ではない。しかし何となく負けた気がしたのも確かだ。
政宗はああでもないこうでもないと男に注文をつけすぎたのか、いまだ恋人の一人もできていない。無論、矜持が高い政宗なので、誰に言えたことでもない。しかし、それが事実だ。告白されたことは多々あったが、資産や性格や外見いずれかに納得できず袖にしてきた。
そして現在。女として見られる以前に、仕事のできる人間と見られてしまうため、仕事のできない男とは疎遠になり、仲間内では誰よりも出世していることもあって同僚からは敵視されたり妬まれ、上司からも敬遠されていた。仕事に打ち込んでいるので他に出会いの場などなく、見事なまでの独身っぷりだ。
仕事が恋人と巷で良く言う状況だが、なりたくてなっているわけでもない。情けなさに酒を呷ると、招待状をしげしげと見つめていた兼続が面を上げた。
「山犬。」
どれだけ言っても直らない。何故山犬なんじゃ。わしは山犬ではないわ馬鹿め、と舌打ちしてから、政宗は兼続を睨み付けた。
「何じゃ。」
「結婚するか。」
隣でお通しを突いていた三成が呆れたように兼続を見やった。兼続が変なことを言うのはいつものことなのだ。そんな発言は、もはや誰も相手にしない。スルーだ。
それにしても結婚とは。今回はいつもより妙な発言だと三成が思っていると、斜め前の政宗が返答した。
「良いぞ。式はいつにする。わしは稲に負けとうないぞ。」
いつもの他愛のない軽口だ。二人が無駄口を叩き合うのを気に入っていることを知っていたので、三成も幸村も放っておいた。政宗と兼続は犬猿の仲と称されながら、妙なところで馬が合う二人なのだ。
妙なことになったと三成と幸村が気付いたのは、二人が立ち上がったときだった。
「どうした。殴り合いなら外でやれ。」
「違う。市役所に行くのだ。悪いが今日はもう帰る。」
「…市役所?」
「夜間でもまだやっているだろう。」
「は?何を言っている?」
兼続と話しても埒が明かないと三成が政宗の方を見やれば、二人を放置しておいた間に飲み交わしまくっていたのか、酒に紅潮した頬で政宗が答えた。
「入籍しに行くのじゃ。」
面白そうだったので、三成は強いて止めなかった。幸村がどうにかして引きとめようと何か言おうとしたが、言葉を探しているその間に、二人は連れたって消えてしまった。
そして酒の勢いで市役所に向かい、書類をその場で仕上げて提出して、その上――。
眩暈がする。頭痛のする頭を押さえてから、政宗は隣で眠りこける男を睨んだ。幸せそうに寝続けやがって、誰のベッドだと思ってやがる。兼続が壁際で眠っているので、ベッドから蹴落とすわけにもいかない。いつものように殴りつけようと手を振りかぶり、ふっと思い立って、止めることにした。
政宗は兼続の首筋を指でなぞって、にやりと唇を吊り上げ、開いた。
ガブッ。
「痛っ。な…?む、政宗、何をするっ!起きて早々不義だ!」
「うるさい。これで浮気も出来ぬであろう。良い気味じゃ。」
歯型のついた首元を押さえ飛び起きた兼続をくつくつ笑い、政宗は毛布を引っ被った。
資産に関しては曲がり間違っても上杉の上役だ。世間的には高い方だろう。外見に至っては、認めたくないが上の上。性格は難だが、案外政宗と酒の趣味や仕事の話など合致する点も多い。
妥協してやるかとうそぶいて、政宗は兼続に抱きついた。
初掲載 2007年12月1日