みらいの定義   現代パラレル


三成は、女と言う生き物に対して偏見を持っていた。
生物学上男より進化した先の果てだったとて、それが通用する女の方が圧倒的に少ない。女が男に勝ることなど殆ど無いだろう(少数に含まれる女性の筆頭は、間違い無くねねだ)。 三成の持論だ。正しくは、持論だった。今現在は、「ある女性」、「少数の女性」、「それ以外」の三つの分類に分かれている。三成の中の「ある女性」は、口答えも多く、体つきも恵まれているとは言い難い(彼女の為に言っておくが、無い訳では無い。ただねねのような体格と比べて、少々物足りないだけだ)。意地っ張りで負けず嫌い。おまけに輪を掛けたような男勝り具合だ。普段の彼女を見たら、誰も彼女を「女らしい」と比喩しないだろう。ただ、それは間違いだと三成は言った。

「わしが自費で作ってやってるのじゃ。有り難く思うが良い」
「だから俺は、金は払うと」
「わざわざ一人分の料金を割り出すなどという至極面倒臭いことを、何故わしがせねばならぬ」
「…そうか。感謝する」
「が、柄にも無いことを言うな馬鹿め!」

そう言って突き出してきたのは弁当箱だった。三成には、養父の秀吉と養母のねねが居る。だが、実父と実母は既に居ない。よって三成は一人暮らしをしているのだ。
それは養ってくれた夫婦に水をささぬ為でもあるし、自分の為でもあった。三成は、己の一人暮らし計画に重大な欠陥があることに気付いていなかった。

「貴様、また洗濯物を溜めては居らぬだろうな?」
「ああ、今は問題無い」
「部屋は」
「掃除したばかりだ」
「なら、大丈夫じゃな」

掃除をしようと思えば徹底的にする質なのだが、なかなかしようとする気にならない。ふと部屋を見回すと、書物で足の置き場も無いなどざらなのだ。その点彼女は、幼い頃から一人で全て行えと叩き込まれている。
それは家庭事情に依るもので、中学に入るときから親と別居しているらしい。仕送りも高校に入り、無くなったとか。と言うのも、彼女と実母は非常に仲が悪く、目も合わないのが所以だ。
父の配慮で、守役二人と従兄弟が週に一度来るらしいが、繋がりはそれ位だと本人が言っていた。

「貴様までそのようなことを言うな」
「おねね様に仰せ遣っておるのだから仕方あるまい。貴様が体たらくにならぬ様に、とな」
「あの方はまたお節介なことを…」
「そういう前にもっとしっかりせい」

彼女はそう言って笑った。少なくともしとやかな笑い方では無かったが、三成はその笑い方が好きだった。逆に、変に女を意識されると、一緒に居る気が萎える。
一方、彼女は三成の養母を好いていた。最早崇拝の域と言っても良い。彼女にとって養母は将来の目標でもあり、親愛の情を抱く相手でもあるのだ。

「そう言えば三成」
「何だ?」
「その内小十郎がそっちに行くそうじゃ。せいぜい相手してやってくれ」
「…は?」

三成は己の耳を疑った。「守役の一人が俺の元に来る」?

「小十郎って、片倉…?」
「ああ。まあそこまで緊張することはあるまい。「少し三成殿にお話があるだけです」と言っておった」
「…丁重にお断りは出来ないのだろうか」
「無理じゃろうな」

きっと何も判らないで居る彼女に「腹でも下したのか?」と見当違いの心配をされながら、三成は一つ溜息を吐いた。
「溜息を吐くと幸せが逃げる」と言うのは本当の話なのだろうか。ならば、俺は守役と出会ったとき何をされるのだろう。
彼女の守役は笛の達人であると同時に、剣道の師範代だと聞いたことがある。三成は自分の記憶力を呪った。覚えて無くて良かったのに。
そのついでとでも言うように、もう一つ思い出すことがあった。守役と従兄弟は、彼女に心酔しているという事実だ。彼女自身が三人に甘えていたからか、それとも彼女の愛らしさに気付いていたのか。どちらにせよ、難関は今回だけでは無かろう。生きていられると良いのだが。
これからの未来を案じる三成の隣で、隻眼の彼女は微笑んだ。彼女にしては珍しい、柔らかな微笑みだった。
彼女は、自分を一心に想ってくれる人が居て嬉しくて仕方が無いのだ。

そんな三成の彼女の名は、伊達政宗と言う。











初頂戴 2009年6月29日
初掲載 同年7月12日


阿月さんの素敵サイト『懸想文』へは
リンクページからどうぞ!