妖夫婦   妖怪パラレル


 北の大名伊達家の子どもとして生まれた政宗だったが、痘瘡で目を患って以来、母に疎まれるようになった。父が死去するに至り、跡取りから外され、遠方の寺に入れられた。嫡子であったことの自負や生来の気位の高さ、また聡明だったこともあり、政宗は住職に気に入られた。しかし政宗は着飾られるに至り、その気に入られ方が、とうが立っているが稚児としての性愛がらみのものであったのを悟った。自尊心が高い政宗は、自分自身を自分自身として気に入ってくれていたのだと思っていただけに怒り、着飾らせていた僧たちの手を振り払い駆け出した。寺の裏の崖に追いつめられ、足元を滑らせ崖下の湖に落下。母に嫌われる所以となった痘瘡痕が気になり、薄着の遊びを悉く避けてきた政宗は泳げなかった。水を飲み、意識を失う。
 政宗が目覚めると目の前に女が一人いた。身を起こし尋ねてみると、湖で沈みかけていた政宗を救ってくれたのは、目の前のくのいちという女だと言う。人里離れた山深い寺近くでの出来事だったが、山が寺領だと思っていた政宗は、たきぎを盗みに来た近隣の村娘だろうと思い込む。
 政宗は礼を告げ去ろうとしたが、帰る場所がない。内心困っていると、くのいちが助けた礼をもらいたいと言う。不躾なことを言う女だと政宗は思ったが、一応、もともとは武士だという自負がある。政宗はどんな礼をすればいいのかと尋ねた。くのいちは答えず名を尋ね、政宗の名を聞くと手を引いて歩き出した。
 深い山の更に奥深く。どれだけ歩いたのかわからない場所にその屋敷はあった。急に拓けた視界と、現れた屋敷に政宗もしだいにくのいちが物の怪の類なのではないかと感じ始めた。しかし、くのいちに握られた手は外れそうにない。強く握られているわけでもない。くのいちは戸を開け、どんどん進んでいく。
 広間には男が二人いた。仮面をつけた壮年と、真面目そうな青年で、名をそれぞれ武田信玄、真田幸村と名乗った。政宗は魅入られたような思いで、幸村を見つめた。これが魔の物の力だろうか、とどこか遠くで思った。くのいちは信玄と幸村に、政宗のことを花嫁だと紹介する。幸村もそろそろ年頃になり、娶る頃合だ。そう信玄が話していた矢先に見つけた政宗を、くのいちは幸村の花嫁にと思い連れてきたらしい。信玄は異なことを言うものだとくのいちを笑う。政宗は着飾っているが、どう見ても、男だ。くのいちは信玄の言葉を聞き、慌てて政宗に確認する。名を聞いたときに少しおかしいと思ったが、甘い香もまとわせていたし、白拍子辺りかと思ったとくのいちは項垂れた。名を聞きだし、もう呪も結んでしまったという。
 信玄はくのいちの早とちりをたしなめ、それから、くのいちが勝手にとはいえもう契約はなされてしまったので、政宗に幸村の嫁になってもらうと告げた。事の成り行きが思わしくない方に着地したことを悟った政宗は、騒動の当事者である幸村を見た。どういうわけか、胸が高鳴った。
 それにしてもおことが泳げないとは何の冗談なのかと、信玄が笑っていた。


 政宗が幸村たちと暮らし始めて、一週間が経った。その間、政宗は、屋敷に辿り着いたとき抱いた想像通り、幸村たちが人外の存在であることを知る。くのいちは政宗が落ちた湖に居を構える白蛇で、山の主の幸村に仕えている。蛇なので目はあまり良くなく、派手な衣と香をまとった政宗を女と思い込んだのもこのためだとか。山の主の幸村は、本性は虎で、東一帯を治める宗主の信玄に仕えている。ゆくゆくは信玄の後を継ぐのだという。
 幸村は変な妖だった。政宗は武家の出、幸村は妖にあってはそれなりの地位とはいえど所詮ただの妖。だから身分が違うという理由で、政宗のことを、政宗様、と様をつけて呼んだ。屋敷の主はお前ではないかとも、夫婦になるのだからむしろ様をつけて呼ばれるべきは夫となる幸村ではないかとも、政宗は内心首を傾げたが、もともと気位が高いので、様をつけろと強要されるよりは様づけで呼ばれた方が良かった。ゆえに、指摘しなかった。
 屋敷には、時折、客も来た。奇特なことに西で人間に仕えている、妖狐の石田三成。北の宗主である上杉謙信や、謙信に仕える直江兼続。客が訪れるたびに、政宗は幸村の花嫁として紹介された。客たちは妖の性か、あるいは興味など皆無であるかのように、あるいは不躾なまでに興味を示して、政宗に接した。
 幸村と政宗の正式な結婚は、それから半月ほど経った満月の晩に行われた。客には政宗も会ったことのある三成や謙信や兼続。三成が仕えているという生臭坊主の秀吉や、その妻である猫又のねね。兼続の部下だという慶次などが参列した。式の最中、政宗は、幸村がいい嫁を娶ったと謙信に言われているのを耳にする。嫁も何も、男で後が残せないではないかと政宗は思ったが、妖には妖の考え方というものがあるのだろうと納得した。不思議と、幸村と婚姻を結ぶことに関しては嫌でなかった。


 その間にも、寺では政宗捜索の隊が編成されていた。住職の寵愛もさることながら、政宗はまがりなりにも大名の子息で、失踪したではすまなかった。政宗の実家は、才覚を現していた政宗派と、現在跡継ぎとなっている弟小次郎派との間で揺れていた。小次郎派の筆頭である母:義は、政宗失踪の報告を耳にすると、政宗が政宗派の人間に秘密裏に保護されたのではないかと疑った。そのため、寺は余計、失踪したではすまされなかった。せめて、政宗の生死だけでも確認しなければならなかった。


 屋敷での生活にも慣れ、政宗は一人で屋敷の周囲を散策するようになった。呪の力により逃げることはできなかったが、それまでは一応様子見も兼ねて、くのいちが傍にいるようにしていたが、この頃にはそういう配慮もなくなっていた。政宗は幸村たちと良好な関係を築いていた。もともと政宗は人の世に未練があったわけでもない上に、帰る場所もない。何より、政宗は幸村を愛していた。武士らしく腹を括って、実は幸村に一目惚れしたらしいことも内心認めていた。
 今までどれだけ山狩りをしても見つけられなかった政宗の姿を、寺に所属する僧が目にしたのはたまたまだった。妖と人の住む世界は違うが、その世界が妖に属するものであっても人である政宗だったから、垣間見えた。僧はすぐさま住職に知らせた。住職は政宗が妖に攫われ姿を消していたのだと思い、退魔の心得のある僧たちに救助してくるよう命じた。
 そんな寺の動きを知らず屋敷からずいぶん離れた場所を一人で出歩いていた政宗は、僧たちに捕らえられ連れ戻された。呪が施されていたことから、僧たちは政宗が妖に縛り付けられて逃げようにも逃げられなかったものだと思い、呪を解いた。政宗は戻りたくないと拒んだが、まだ魔に魅入られているのだと言い聞かせるように言われただけだった。呪を解いて、妖との不正な婚姻も解消したのに、まだお前は魔に魅入られているのか、と。
 政宗の危機にいち早く気付いたのは、くのいちだった。呪をかけたくのいちは呪が断ち切られたことに気付き、なにごとがあったのかと、慌てて政宗のもとに駆けつけた。政宗が拉致されかけているのを発見し救おうとするも、もともとは水場に属する蛇の性。水がない山では満足に力が発揮できず、くのいちは手傷を負わされてしまった。
 くのいちの怪我を目にした政宗は手荒く本気で抵抗したことが原因で、連れ戻された寺の裏にある座敷牢に閉じ込められてしまった。その日は、はるばる都から寺に高僧が訪れる日でもあった。不祥事を見つけられるわけにはいかなかった。政宗は牢の中で、必死に抜け出そうともがいていた。
 一方そのころ、屋敷では騒ぎになっていた。くのいちが手負いの状態で帰って来た上に、政宗が姿を消している。くのいちが説明するところによれば、人間たちが政宗を無理矢理連れ戻したようだが。幸村は政宗を取り返したいが、人間に危害を加え、妖の立場を悪くするわけにもいかない。呪も破れてしまい、婚姻は成立しなくなってしまった。悩んでいると、政宗が屋敷に来て以来ずっと居座り続けていた信玄が立ち上がり、幸村に行くぞと声をかけた。しかしと悩んだ様子で答える幸村に、信玄は真に惚れたものも守れんでどうすると叱責する。何か策を隠している様子だ。


 座敷牢で一通りもがいた後、政宗はふつふつと怒りを溜めていた。人を手篭めにしようとし、更には人の幸せまで奪い、人の話には耳を貸さず。何様のつもりだと怒りを爆発させ、罵りながら強く壁を叩いたところ、壁がすさまじい音を立てて吹き飛んだ。政宗は唖然として、壁と、自分の手を交互に見やったが、もともとやけっぱちになっていたこともあって、ともかくその場からさっさと立ち去ることにする。きっと、爆音を耳にした僧たちが駆けつけてくるだろう。


 大きな爆音にどうやら堪忍袋の緒が切れたようだと笑いながら告げる信玄は、寺の僧たちと対峙していた。その中には、都からやって来た高僧:徳川家康もいた。家康は信玄に大きな借りがあった。その上、住職たちには、山に住む妖たちには不干渉でいるようにと強く言い聞かせてあった。禁を犯した住職を家康は叱責する。住職は子が攫われたのだと反論するが、彼らがそのような真似をするはずがなかろうと更に叱責する。それはお前が悪かったのだとまで言われ、住職は黙り込む。
 しかし一応、どんな人間が山に連れて行かれたのか気になった家康が信玄に問うと、幸村の花嫁だと返答がくる。秀吉から噂に聞いていた家康は、政宗のことだと悟る。それは好都合な采配だと思いながら、政宗のことを頼んで、住職に政宗をすぐ連れてくるよう命じる。幸村も後をついていった。
 家康は政宗のことをどうなのか、信玄に尋ねる。本当に、政宗は先祖がえりなのか。伊達家はもともとは竜の血脈だったが、人と交わり薄れてしまった。そんな中、先祖がえりを起こした政宗が誕生した。最初は誰も気付かなかったが、力を御しきれず熱を出し、身体に鱗が浮かび上がるに至って、政宗が先祖がえりしたらしいと政宗の父は気付いた。まだそれほど高い地位にいたわけでもなかった家康が呼び出され呪を施した。幼い身ゆえに右目は暴走した力に耐え切れず失明してしまったが、身体はどうにか無事だった。鱗が少しばかり残ったが、それも力が御せるようになればすっかり元通りの滑らかな肌に戻るだろう。そういえば座敷牢が吹き飛んでいたようだったから、もう消えているかもしれない。寿命も人と比べ物にならないくらい長いだろうから、家康としても寺にいられるよりも、妖のところに行ってもらった方が都合がいい。実家には亡くなったとでも連絡しとくという請け合いをして。末永く幸せな夫婦生活を、などと談笑。


 どうにか座敷牢から這い出た政宗は憎い住職が来たので、身構えた。何か言っているが、遠いのでよく聞こえない。住職憎けりゃ袈裟まで憎いと声も無視していたところ、住職の後ろに幸村が見えた。幸村の存在に驚き喜んだ政宗は、うっかり足を滑らせて足下の湖に落ちた。昨夜雨が降ったこともあり、足元は滑りやすかった。
 政宗は泳げない。意識が遠退いていく。
 政宗が目覚めると目の前に幸村がいた。身を起こし尋ねてみると、湖で沈みかけていた政宗を救ってくれたのは、幸村らしい。寺とはどうなったのかなど思うところは沢山あったが、ひとまず政宗は幸村に溺れているところを助けてくれた礼を告げた。すると、幸村が助けた礼をもらいたいと言う。急に何を不躾なことを言うのかと政宗は不思議に思ったが、一応、どんな礼をすればいいのかと尋ねた。もしかしてという淡い期待が胸を過ぎった。幸村は政宗の手を握りしめ、妻になってくれませんかと乞うた。政宗は破顔して、当然だと頷いた。











初掲載 2007年5月