政宗は正月、特に、おせち料理に何の価値も見出せない人間だった。
よろこんぶ、まめ、めでたい。基本的にくだらない洒落だ。その上、元々は主婦が新年の挨拶で忙しいという理由で始まった塩気たっぷりの保存食が、薄味になっている意味がわからない。大体、今は年末年始、コンビニやファーストフード店といった様々な店が開いている状況であって、どこもかしこも休業していた昔とは違う。忙しいのならば、コンビニ弁当やカップラーメンでも食べれば良いのだ。
それでも、今年ばかりはおせち料理に手を染めた。黒豆や昆布をはじめとして材料の何もかもが値上がりしていたが、政宗は文句を言いつつもおせちを作った。
理由は単純。恋人が出来たのだ。一人だったらカップラーメンでも冷凍食品でも良いが、恋人の手前、見栄が張りたいお年頃だった。大晦日に至ってはいそいそと蕎麦まで打ち、三成と向かい合いそれを食べながら、除夜の鐘を聞いたりした。恋人が格式や伝統に縛られる片意地の張った男だからだ。
九九回目の鐘のときに、おせちの話をすると三成が箸を置いて言った。
「では、何もしなくても明日は過ごせそうだな。」
「何かするのか?」
一〇四回、一〇五回。内心除夜の鐘を数えつつ三成と自分の食べ終わった皿を持ち台所に行くと、後ろから三成の言葉が追いかけてきた。
「本当は初詣に行こうと思っていたが、混雑する中わざわざ行く必要はないだろう。」
一〇六回。てっきり行くと思っていただけに、政宗もある程度の覚悟はしていた。それが行かないのだという。ではどうするのだろうとシンクに皿を置き居間に戻って、炬燵に潜り込みながら、政宗は三成を見やった。一〇七回。三成が当然という態度で言った。
「寝正月で決まりだな。姫はじめ…」
一〇八回目。途中、三成が言葉を区切って、小首を傾げた。
「その前に初風呂か。あけましておめでとう。」
「あ、あけましておめでとう。」
真顔でそういうことを言う恋人が恥ずかしかったが、そんなところが好きなのだ。炬燵越しに寄せられた唇を受け止めながら、政宗はこれが初キスかなどと思ったりした。
触れるだけの口付けは、ちゅっとわざとらしい音を立てて離れた。
「…風呂入れて来る!」
初、初、初。結局、自分も正月に流されるただの日本人なのだ。
居間を出る瞬間、僅かに見えた政宗の赤く色付いた頬を見て、三成がおかしそうに笑った。
初掲載 2008年1月1日