兼政で8のお題、八「時代を読めぬ馬鹿」   学生パラレル


 戦国学園には、直江兼続イコール宇宙人という図式を固く信じている人間が3人いる。高等部3年の石田三成、2年の伊達政宗、そして中等部2年の明智ガラシャだ。
 全員生徒会の人間でしかもそれが尽く未公認団体のUFO研究会の会員であるというのが大問題な気がしないでもないが、ともかく、彼らは兼続を宇宙人だと固く信じているのである。


 そう信じるには勿論ちゃんと理由がある。


 まず三成の例を挙げよう。
 三成は神社の息子として生を受け、その後色々あって、今は教頭である豊臣夫妻の家に引き取られているのだが、生まれが関係しているのかどうなのか、幽霊の類が大好きなのだ。
 書痴と有名な三成の愛読書は、当然のように、水木しげると京極夏彦だ。あんなつんと澄ました真面目面して、その実、教科書の下でげげげの鬼太郎を読んでいたりするので侮れない。
 もっとも、性格にかなり難はあれど、成績の点から教師の評価は非常に良いので、まさかそんな実態があったりするとは思われていないが、真後ろの席のァ千代からはげげげの鬼太郎が丸見えだ。ちらちら見える展開が気になって気になって、とうとう先日、ァ千代は三成から鬼太郎全巻を借りて読み尽くしたほどだった。
 あっさり貸してくれた辺り優しいのかと思いきや、単に三成は鬼太郎を周囲に広めたいだけなのだ。クラスの人間はこのようにして大半が水木しげるに詳しくなっている現状である。同程度の頻度で読んでいる京極夏彦はあまり広まっていないので、要は、漫画で取っ付き易かったということだろう。
 何にせよ結論から言えば、迷惑な男だ。これが現在の生徒会長だというのだから、信じがたい。しかし、仕事の面だけ見れば非常に、本当に、有能な男なのだ。性格も口も凄まじく悪いが。
 その三成だが、兼続が札や言動で巻き起こす不可思議な騒動が納得できず色々検証した結果、戸籍があるので物の怪ではないという結論に達したらしい。戸籍など操作できるのは、物の怪ではなく宇宙人だというのである。よくわからない理屈だが、それで三成は納得している。親友のことを宇宙人だと信じているなど、傍から見たら、酷い男だ。


 次にガラシャの例を挙げよう。
 ガラシャは、戦国学園で社会を担当している明智光秀先生の娘である。ある種天然ボケが似通っているといえなくもない父娘だ。さぞお母さんは苦労していることだろう。
 そのガラシャは、敬虔なクリスチャンなのだ。毎週日曜日やクリスマスにはミサに行き、慈善行為にも励む敬虔っぷりだ。父の光秀も生真面目で、歴史で戦争関係に突入するたびに世界平和を訴えては授業を脱線するような教師なので、見た目は似ていないが似ているのだろう。
 ある日、ガラシャは小等部で生徒会に抜擢されたとき、高等部へ行かなければならなかった。戦国学園は小等部から高等部まで生徒会は統合されていて、一学年に外部入学の生徒を参考として若干名入れるが、基本的には仕事を引き継いでいく形式を取っている。大学はあるが、そちらはサークルの方にそのような類の機関があるので、生徒会とはまったく関係はない。
 そのときガラシャは、初めての大役に緊張していた。今までクラス委員長に抜擢されたことは多々あったが、皆知り合いで和気藹々の一クラスを纏め上げればそれで良いクラス委員長と、見知らぬ人たちのことも考えて行動しなければならない生徒会とでは、重みが違う。ガラシャは緊張して、緊張して、ついでに緊張のあまり昨夜眠れていなかったことも相まって、迷った。元々方向音痴なのだが、眠たさにうとうと半分夢を見ながら歩いていたところ、雑木林に突入していた。どこにそんな林があるのか、謎である。戦国学園の敷地は広いし、おそらく、敷地内にはあるのだろうが。
 しかし、そこは天然のガラシャ。自らがとんでもない場所に迷子になっているなどとは思わず、うとうとうとうと歩いていると、池にはまりそうになった。今にも、「あなたが落としたのは金のガラシャですか?それとも銀のガラシャですか?」と問いかけてきそうな綺麗な池だ。
 そんなときに、ガラシャは兼続に出会ったのである。出会ったというか、引き止められたというか、助けてもらったというのが適切だ。しかし、助けてもらっておいて何だが、何故そのような場所に兼続がいたのか…。謎である。ガラシャは考えに考えた末、あれは自分を助けるために神様が遣わしてくれた天使なのだと思う事にした。そして、直後会った三成に指摘され、兼続は宇宙人なのだと信じた。天然思考炸裂だ。


 最後に、政宗の例を挙げよう。
 簡単に言ってしまえば、政宗が兼続を宇宙人だと思ったのは消去法からだった。
 まず、人間ではありえない。人間であるには、あまりに人間離れしすぎている。札で様々な現象を起こし、意思疎通を図るのも難しく、そもそもからして言葉が通じているのかどうか…。
 では人間でないと仮定して、何ならありえるのか。アンドロイドやロボットの類はありえそうだが、そのような技術が誕生したとは耳にしていない。では何なのだろうと考えた結果、政宗は究極の選択に辿り付いた。物の怪か、あるいは宇宙人か、だ。
 政宗は幽霊や妖怪の類が大嫌いだ。嫌いというか、怖いのである。小等部の頃、遊園地のお化け屋敷で幽霊を演じたバイトの男性をぼっこぼっこに叩きのめして、それでいながら、怖いと泣きじゃくった過去がある。泣きたいのは、むしろ、小学生に叩きのめされたバイト生の方だろう。そのときは小十郎が色々走り回って事なきを得たが、それ以来、政宗は怪談の類を極端なまでに避けている。ちなみに、そのバイト生の名前は雑賀孫市といい、その後、戦国学園の技術教師になり政宗やガラシャと親交を深めていくのだが、それはさておき。
 政宗は兼続が幽霊であるなど、絶対に信じたくない。幽霊イコール怖い存在だ。仮に兼続がその幽霊だったら、兼続イコール幽霊イコール怖い存在で、兼続を恐れている計算になるではないか。それは断じて許せない事実だ。そもそもからして、怖いので政宗は幽霊の存在を認めたくない。というか、幽霊を恐れているなど認めたくない。政宗はプライドが海より深く山より高いのだ。幽霊を怖がっているのを認めるなど、そんなの、政宗のプライドが許さない。
 何にせよ、そういうわけで政宗は、兼続イコール宇宙人説を推す訳である。
 言い忘れていたので最後になったが、政宗が兼続を意味不明の生き物と認識した理由、それは、兼続が政宗のことを山犬だの不義だの何だのと言いながら、愛していると言い寄るからなのだ。政宗からしてみたら意味不明だ。意味不明なので、宇宙人なのだ。訳がわからないというか、あまり、わかりたくもない。


 以上の理由で直江兼続イコール宇宙人だと信じている三人組は、その日、UFO研究会の活動場所と化している生徒会室で、兼続が宇宙人であることを政府に知らしめるにはどうしたらいいのかを真剣に話し合っていた。彼らは真面目なのだ。決して笑ってはいけない。
 「採血してみたらどうじゃ?体の構成成分が違うたら、ナオエカネツグが人間でないのはわかるじゃろう?ナオエカネツグはきっとエーテルで出来ているから、完璧じゃ!」
 そう発言したのは、ガラシャだった。兼続のことを新種の動物か何かのようにフルネームで呼ぶのが特徴的だ。それに対して、三成が残念そうに却下を下した。
 「それはもうやったのだ。前回、女子の貧血検査が行なわれた際に、男だが兼続のモノも採血させたのだ。しかし、結果は普通だった。少し高血圧なくらいか…道理で朝から煩いわけだ。」
 「…低血圧気味のわしからしてみたら、羨ましいというか、傍迷惑は話じゃな。」
 朝から家まで押しかけられて、政宗君遊びましょ、よろしく言い寄られる身にもなれという話なのだ。
 あの男、政宗の前ではそんなでもないが、外では口だけは妙に達者らしく、世話役の小十郎をすっかり味方につけているのだ。正直、勘弁して欲しい。朝起きたとき何かで起こされたと思ったらそれが兼続の唇だったとき、政宗は目からビームが出せそうな気がした。気がしただけで、股間を蹴り上げて終結させたが。あんな変態、不能になってしまえば良いのだ。
 「政宗はどう思う。お前は一番兼続の被害にあっているだろう。」
 「…。重石をつけて水に沈めて、浮いて来たら宇宙人とかでどうじゃ?コンクリで東京湾辺りに。」
 不穏な提案だ。
 「政宗!それは宇宙人ではのうて、中世の魔女狩りなのじゃ!」
 正論である。あるいは、やくざだ。
 「…どちらでもわしにはあまり関係ないのじゃ。あやつの息の根が止まってくれれば…。」
 政宗のノイローゼ気味の呟きは聞き流し、三成はガラシャに向き直った。
 「ガラシャ、何か他の意見はないか?」
 「そのようなことを言われてものう…。妾はないのじゃ。カイチョーこそ何か案はないのか?」
 三成は束の間黙り込み、ふむと小さく頷いた。
 「確か、あいつは今日インフルエンザで休みだったな。」
 ばんっと机を叩き、政宗が勢い良く立ち上がった。
 「…あやつが人間の病気にかかりおるのか?!信じられん!嘘であろう!どんな病じゃそれは?!」
 結構酷い言葉だ。しかし、政宗は兼続のことを宇宙人だと信じているのである。致し方ない言葉、なのかもしれない。三成はふっと微かに笑った。
 「知らんが、弱っているなら今がチャンスだ。政宗、お前、あいつの家に行って来い。」
 「…は?」
 意味がわからない。眉をひそめて不審がる政宗に、三成がコンビニの袋を押し付けた。
 「中には潜入グッズが入っている。大丈夫だ。政宗、お前ならやれる。」
 「いや、意味がわからん。全然わからん。わからんというかわかりたくないし、わしはあやつに近寄りとうない。」
 「何を言っている。お前にしか出来ない作戦だ。あいつが弱っている隙に家捜しして、兼続が宇宙人である証拠を掴んで来い。そうすれば兼続を政府に押し付けて、晴れて、お前は自由の身だ。」
 絶対スパイ映画の見すぎだ。明らかに何かに影響されてる。こやつ昨夜何か漫画でも読みおったなと胡乱な目を向けてから、政宗は、今度は押し付けられた袋へと視線を落とした。中には雑多に色々入っていた。
 しかしこれに成功すれば、巧くいけば、ストーカーにもう悩まされずに済む。あまりに甘い誘惑だった。兼続も流石に弱っているならば、自分もあんな感じやこんな感じの危機には陥らずに済むのではないだろうか。虎穴に入らずんば虎児を得ずとも言うではないか。やるなら今だと政宗は思った。
 「…よし、わかった。わしに任せよ。」
 重々しく頷いた政宗に、三成も重々しく頷いた。
 「成功を祈る。」
 「頑張るのじゃぞっ、政宗!」


 こうして二人に見送られ、政宗は生徒会室を出たわけであるが。


 ところで、このやりとりをずっと聞いていた人物がいた。同じく生徒会メンバーにして三成や兼続の親友真田幸村と、三成の世話役で保険医の島左近だ。
 「三成殿、あれは…少々政宗様が危険なのでは…?」
 「何故だ?」
 「あのコンビニの袋…、この前罰ゲームで兼続殿が買いに行かされた…、」
 罰ゲームが決まった際に、兼続が不義だ不義だと煩かったので良く覚えている。政宗はお洒落な箱に惑わされて気付かなかったようであるが、あの袋の中身は避妊具だ。恥など生まれると同時に掻き捨ててきたような男だと思っていたから、これでもかと顔を赤くした兼続はとっても新鮮で気持ち悪かった。
 口篭もる幸村に、隣の左近も口添えした。
 「そうですよ、殿。それに、直江さんのクラスがインフルエンザで閉鎖であって、直江さんがインフルエンザにかかったわけじゃないでしょう。それなのに、そんな鴨に葱背負わせて伊達さんを送り出して…あれ絶対食われますよ?」
 「?何がじゃ?妾には話が良くわからぬぞ?」
 不思議がるガラシャに、三成が言った。
 「つまり、政宗が天国に行くということだ。」
 絶対違う。というか、あまりに下世話だ。下世話というより、下品かもしれない。とうとう呆れて左近は頭を抱えたが、ガラシャはその答えに目を輝かせた。
 「天国か!」
 「まあ、兼続次第では地獄かもしれんが。」
 「政宗は煉獄に落ちるような奴ではないぞ!」
 正直、話が噛み合っていない。
 「では天国だろう。ふん、良かったではないか。」
 詰まらなさそうにそう返して、三成は勝手に鞄から抜き取っておいた政宗の携帯を机の上に滑らせた。電話越しにきゃんきゃん吠えられるのは結構煩わしいものなのだ。
 しかし性格と口が悪い上に手癖までもが悪いとは、三成という男、もう手の施しようがないようだ。
 「まあ、俺も兼続の親友だからな。あいつが宇宙人でも変わりない。」
 格好良く決めた独白に、三成は満足して今度は鞄から鬼太郎を取り出した。結局、兼続の傍迷惑が政宗に全て向けられている間は、三成は安全地帯なのだ。これからはこれまで以上に、大いに安全でいさせてもらおう。
 ふっとこの前、ガラシャが兼続と出会ったという雑木林に行ったところ、丑の刻参りでもしていればまだマシだったものを、直江兼続・伊達政宗表記の相合傘が彫られた樹木を発見してうんざりしたことを思い出し、三成は不満に鼻を鳴らした。あのとき、三成の浪漫は音を立てて崩れ去ったのだ。
 「あの、似非宇宙人め。俺の浪漫を…。」
 かなり勝手な言い草だ。その憂さ晴らしで政宗を売り渡すなど、この男、悪魔に違いない。
 呑気な顔で、でも、とガラシャが呟いた。
 「でも、政宗が天国に行けるのは嬉しいが、それは帰って来れる天国か?死んでしまうのでは、妾は悲しくて泣いてしまうぞ?」


 結局その日、政宗がどうなったのか定かではない。兼続もあれで結構ストイックな男なので、手を出したのかは謎である。しかし普通に考えるならば、据え膳喰わぬは男の恥と言ったところだろう。
 どちらにせよ真相は闇の中だ。
 ただ、天国に行けたのかどうかガラシャが真顔で政宗に尋ねて、三成を刺すの刺さないのといった刃傷沙汰に発展しかけたのは事実である。その後は、屋上から飛び降りるの飛び降りないのといった自殺騒動に発展した。
 また、兼続がインフルエンザによるクラス閉鎖明けのとき、でれっでれな様子で生徒会室に顔を出したのも、ここに述べておくことにしよう。











初掲載 2007年11月13日
兼政同盟さま