「それで、旅行はどうだったのだ。」
三成の言葉に政宗は若干遠い目をした。場所はおんぼろ荘、政宗と兼続は帰って来たのだ。ガラシャは織田一家とそのまま合流で、一緒ではない。
旅行はどうだったのか。なんとも、答えにくい問いをするものだ。
初日に寝てしまったことを後悔したのか、翌日兼続は馬鹿みたいに、それこそミュージカル並みに落ち込んだ。落ち込んだが、しかしすぐさま持ち返すのも兼続の特徴で、兼続の煩さに起こされたものの低血圧で寝惚け眼だった政宗を押し倒した。起きたら腕の中に政宗がいたことが、何で寝てしまったのだと落ち込みの原因でもあったのだが、素直に嬉しかったらしい。
朝はそのようなノリで大変だったが、昼は昼で大変だった。昼は連日、織田一家に振り回された。
一度など、濃姫とガラシャに腕を捕まれ、引き摺られてケーキショップへ行った。ケーキバイキングがあるというのだ。信長は言うまでもなく流石の蘭丸も誘いを断り、結果、政宗が選ばれたのだった。
政宗もまだ子供味覚なので、甘いものは嫌いではない。むしろ、わりかし好きな方だ。しかし、ケーキショップという場所で唯一の男、しかもガラシャは意味をわかっていないが、会話があまりに下世話だった。濃姫に根掘り葉掘りあれこれ聞かれ、政宗は本気で逃げ出したかった。更には、濃姫とガラシャが血のつながりを感じさせるようなこってり系のケーキばかり頼むので、見ているだけで胸焼けを催し、最後の方政宗は口を押さえていた。あれほど大量にバタークリームが消費されるところを、政宗はそれまで見たことがなかった。これを知っていたので、蘭丸もついてこなかったのかもしれない。
ちなみに、その間、兼続は帰省した幸村に上田を案内してもらっていた。恋人を見捨てるなど、それこそ不義だ。
そうして毎日がそのようにすぎていき、最終的には体力勝負だった。
特に、年末年始は大変だった。いつから野望を抱いていたのか、兼続はアレを決行したのだ。アレ、とは寝正月である。今までは幸村や三成たちとの付き合いで、年明けと同時に初詣に行ったものだが、本当はコレがしたかったらしい。
政宗はこれから一生、黄色く見えたあの初日の出を忘れることはないだろう。そのまま政宗は体力が尽きて、無言で顔面から枕に倒れこんだ。目が覚めたときには夕方だった。
だから、正直言ってしまえば、政宗は旅行から帰ってきてほっとしていたのだ。あれほど嫌っていたこの家に、安堵する日がやって来るなど。また政宗に一生の不覚が一つ増えた。
無言で目を逸らす政宗の態度に、何か嫌なものを感じ取ったらしい。三成は咳をして話題を変えた。
「そうだ。今日の昼頃、左近が来てな。政宗や幸村に会えないものだから残念がっていた。また明日も来るようだが…。土産を預かっている。」
「土産?」
三成は政宗に大きな箱を押し付けた。
「お年玉代わりだろう。貴様の好きな甘いものだ。」
「甘、甘いもの…。」
まだ、クッキーやマシュマロなら良かった。チョコレートでも良い。
蓋を開けると、中にはピンクのバタークリームのケーキがラウンドで詰められていた。政宗は呻いて口元を押さえた。左近には悪いが、この先数ヶ月は見たくないと思っていた代物だ。
三成がぎょっとしたように目を見開き、それから引き攣った笑みを浮かべた。
「政宗、貴様…。本当に兼続は。」
「?何じゃ。」
吐き気を堪えながら、怪訝に政宗が眉をひそめた。外経由で窓から兼続が顔を覗かせ、しかし窓に背を向けていた三成はそれに気付くことなく言った。
「本当に兼続は…子作りを成功させたのか…。」
違う。
「何と!政宗は妊娠したのか!それは良い!」
だから、違う。
「しかしつわりは大変だな…大丈夫だ!私が主夫をするから妊娠中の世話もやれるし、子供の送迎だってできるぞ!任せろ!だから政宗は安心して出産に励んでくれ!」
だ、か、ら、違う。
政宗は大きく手を振りかぶった。がつんと殴打音を響かせて、兼続が見事なまでに宙を舞う。それを三成は黙って見ていた。
大体にして、おんぼろ荘の日常はこのようにすぎていくのである。
そしてこの光景は、これから先も変わらないだろう。
初掲載 2007年12月19日