現在、兼続の目の前では政宗が不機嫌そうな顔をして、車窓から見える景色を眺めている。
幼なじみの兼続も知らなかったが、実は、箱入り息子の政宗は電車に乗るのは初めだそうだ。てっきり一度くらい乗ったことがあると思っていただけに、兼続はものすごく驚いた。
その様子に政宗はヘソを曲げたらしい。
いや、と兼続はすぐさま考えを改める。その可能性も大いにあるが、それ以上に、この混雑を極めた電車の状況が、政宗の苛立ちを刺激するのだろう。口にこそ出さないが、何じゃこの狭苦しい空間は、と思っているに違いない。兼続も同感だった。不幸にも通勤ラッシュに鉢合わせしたため、狭苦しいことこの上ない。
兼続は己より下方に位置する政宗の頭をじっと見つめた。細く柔らかいくせっ毛に埋もれるようにして、つむじが一つ頂点に位置していた。何事も一番出なければ気が済まない政宗らしく、つむじはまさしく頭の天辺にあった。それが無性におかしく思え込み上げた笑いを堪えていると、兼続の様子に気付いたのか政宗は不審そうな顔をして振り返った。目が若干据わっている。兼続はこの幼なじみはいったんヘソを曲げたらなかなか許してくれないことを知っていたので、慌ててしかめつららしく表情を改めた。ただでさえ、この混雑で沸点が低くなっているのだ。怒っている政宗が兼続は好きだったが、これ以上むやみやたらと刺激したくはなかった。
兼続ののろけになってしまうかもしれないが、怒っているときの政宗というものはとてもうつくしい。怒気と覇気を帯びた目が普段より精彩を帯び、明るく澄んだ萌葱色に輝くのは、空に輝く稲妻が恐ろしくもうつくしいのに似ている。兼続は腹を立てているときの政宗に、自然の脅威にも似たうつくしさを覚えるのである。
本人はなかなか認めたがらないが一般平均より身長の低い政宗が、少しでも人にもまれないようにと囲った兼続の腕の中で小さく身じろぎした。つむじが視界の中心からそれて、代わりに強い光に満ちた目と出会う。どうやら政宗は、何かに、本格的に機嫌を損ねたらしい。上目遣いに睨みつけてくることから兼続がその原因であるようなのだが、何がいったい政宗の気に障ったのか、兼続はさっぱり見当もつかなかった。
政宗は唇を尖らせ、低く唸った。
「このような真似せんでもよい。」
このような真似が何を指すのかわからず視線で問うと、政宗は己の左右に巡らされている兼続の腕をゆるく叩いた。
「わしはおなごではない。」
怒っているその口調は、いくぶん気恥ずかしい内容と周囲の状況を考慮してか、いつも張り上げるようにして滑舌よくハキハキ話す政宗にしてはずいぶんと小さな声だった。男子高校生相手に用いる形容ではないと思うが、ずいぶん、可愛らしい。
思わず頬を緩めてしまった兼続を見逃さなかった政宗が、目を吊り上げて兼続の胸元を掴み挙げた。
「…兼続、今すぐ、これを止めんか…!」
しかしやはり周囲に気を配って小声で叱責する辺り、学校では周囲など気にせず己を主張してやまない政宗らしくなく可愛らしい。兼続は心中で小さく笑い、まだ何事かぼそぼそ呟いている政宗の唇を奪った。一瞬のできごとだった。触れてすぐさま離れた熱に政宗は絶句し、何か言おうと口を開いたが、諦めたように閉じてしまった。政宗とは違う意味で暴走しがちの兼続には、何を言っても無駄だと、長い付き合いで政宗もわかっているのである。伊達に幼なじみをしているわけではないのだ。幼馴染という関係を好き好んで結んでいるわけではないが。
政宗は代わりに兼続をきつく睨みつけたが、そもそも身長差で上目遣いな上、目許が赤く染まっているのでまるで迫力がない。兼続は今度こそ小さく笑い声を立てて、腕の中の政宗の額に口付けを落とすのだった。
初掲載 2007年5月17日