「その眼には何が見える。哀しみに満ちた世界か?浅ましい人の心か?」
閉ざされた瞼の上からも、それはしかと伝わってきた。かれは気付いているのだろうか。幸村は見えぬ目を巡らし、かれを覗った。己すら偽ることに慣れてしまったかれの強気で自信に満ちたはったりに、今にも泣きそうに震えるてのひら。目が見えずとも、わかることはある。それに、かれは気付いているのだろうか。
幸村は再び想いを巡らし、おそらく、泣かぬため己を睨みつけているであろうかれの細く頼りない手首を掴んだ。かれは一瞬肩を揺らし、怖気ついたらしかった。だが、かれはそれでも幸村の瞼から手を離さなかった。
二人はしばらくそのままでいた。その間には沈黙が横たわり、時折、緊張交じりの息が漏れた。
やがて、幸村はかれに事実を告げた。
「私に見えるのは、親とはぐれて、今にも泣きそうな子供の姿です。政宗殿。それ以下でもそれ以上でもありません。」
かれは吐息を漏らしたようだった。それがはたして泣くためなのか笑うためなのか、目を閉じた幸村にはわからなかった。ただ、かれは黙ってその事実を受け入れた。
初掲載 2008年8月6日