「あ。」
隣で幸村が驚いた様子だったので何事かと視線の先を追うと、ひゅうと星が一つ流れ落ちた。そうして、墨を零したような一面の闇にきらきらと瞬く星たちが、追いかけるように続けてひゅうひゅう落ち始めた。
それを政宗は、漆塗りの皿の上に金平糖を零したようだと思って隣を仰いだ。幸村は馬のたてがみを梳きながら、いまだ空を見上げていた。
やがて、幸村が溜め息のようにそっと呟いた。寒空に白い呼気が昇った。
「知っていますか。星が落ち切るまでに願い事を三回心の中で呟くと、叶うそうですよ。口に出してはいけないそうです。何だか、初詣のようですね。」
「それで貴様は何か願でもかけたのか?」
夢など自分で勝ち取るものだろうに。そう内心思いながら政宗が幸村に問うと、彼は困ったように首を傾げた。手は相変わらず馬のたてがみを撫でていた。
しばらく沈黙が続いた。
政宗はてっきり幸村が答えないものだと思って、丘から見える地上を見ていた。
これから密偵の合図で夜襲をかける。火矢は星のように流れて、敵を駆逐するだろう。炎は篝火となり、星を迎える。
それとも、炎の明るさに星は輝きを失って、見えなくなってしまうのだろうか。
「四百年に一度の流星群だそうです。」
ぽつりと呟かれた言葉が、初め、何だかわからなかった。わかってから、政宗はそれを鼻先で笑った。
「四百年前のことも、四百年先のことも、わしらにはわかるまい。どうしてそんなことがわかる。」
「さあ。」
再び困ったように首を傾げて、幸村は悲しそうに微笑んだ。
「しかし私は信じてみたいと思うのです。政宗様は笑われるでしょうが、愚鈍ゆえ。」
政宗は幸村をじっと見ていた。それから、耐え切れず視線を逸らした。
ひゅうひゅうと空では星が流れている。それは空の暗さに耐え切れなくなり逃げ出すような速さだった。
合図だ。小さく灯った火の手に政宗は号令をかけ、走り出した。火矢に地上が夕焼けのように朱く染まっていく。
ごうごうと燃え盛る火の音は星の流れる音のようだった。ごうごうと空から落ちていく。まるで堰切って氾濫したかのように絶え間なく、勢い良く。それを政宗は悲しいと思った。
既に幸村の姿は隣にない。
夕焼けのような温かい鎧を纏った彼は、迫り来る空の色に耐え切れない。いつの日かきっと、ぱっと瞬いて消えるのだろう。駆け抜けるようなその速さで。
政宗は手を伸ばし星を掴んだ。金色に見紛うような一瞬の煌き。それは誰にも汚されることなく、誰のものにもなることはない。
どれだけ欲して手に掴んでも、掌を開けばそこには何もないことを、政宗は既に知っていた。
初掲載 2007年12月29日