三人の義人


 そもそもの発端は、秀吉が己の立身伝を語ったことだったように思う。秀吉はどれだけ己が苦難の道を歩んで出世し、その中でねねと恋に落ち、無二の親友である孫市に出会ったかを身振り手振り交えて話した。酒の席でいつも繰り広げられる光景に、最早ねねも孫市も止めるでもなく、苦笑して秀吉の様子を傍から眺めていた。
 「おみゃあさんらも少しくらいは苦労した方がええ。」
 そう言って秀吉は赤ら顔で酒を呷り一つしゃっくりをすると、それはとても良い案だという風に目を輝かせ、ぽんと大きく手を打った。誰かが止めるべきだったのだ。明らかに、秀吉は呑みすぎだった。
 しかしいったん公言したものをそれが酒の席とはいえ取り消せないのが、秀吉の性である。そのせいで墨俣に城を築かされたり、千勝目指して奔走せねばならなかったりと大変だったが、それで中々懲りないのも秀吉の性である。口も性格も軽いのだろう。
 そういう事情で家臣を取り上げられ、三年自力で暮らすことになった三成、兼続、幸村の三名と政宗は、面白いことになったとひらひら手を振るくのいちに見送られ大坂城を去ることとなった。その後ろでは主が心配で号泣している小十郎を孫市が必死に慰めていた。


 何故か「四人組」という訳ではないだろうが四人で一括りにして野に放たれてしまったものの、三成はもう全てが面倒臭くてたまらなかった。秀吉のお気に入りの部下なので妙な情況に陥ったことは、不本意ながら多々あったが、これが記憶にある中では最悪だった。気紛れ発言が原因にしては期間が三年と長すぎる。小田原城も攻め落とせ、下手すれば三成が城攻めで失敗した忍城も落とせそうな勢いだ。
 その頃、元々不精の気があった三成は、左近がそれまで何でもかんでもやってくれたことが更に拍車をかけて、もはや誰もが太刀打ちできないほど面倒臭がりの唯我独尊になっていた。しかしその左近も三年という期限付きではあるが取り上げられ、代役を務めてくれそうな部下もいない。三成は適当に藁を集め紐でくくり、そこに適当に住むことにした。藁の家は風が吹けばゆらゆら揺れたが、どうにか微妙な均衡で成り立っていた。
 それに対し兼続は、山城守という役職にもかかわらずその実田舎暮らしに憧れを抱くような男だったので、山から自力で丸太を切って来ると、それを互いに組み合わせて丸太小屋など作り上げた。少し歩いたところでは家庭菜園などという洒落たものまで作り上げ、兼続は非常に満足だった。その頭からは、参謀が消えて混乱している主家のことなど、綺麗さっぱり消えていた。
 やはり家作りにも性格が出るのか、幸村は築城し始めていた。堅実すぎて秀吉的にはあまり面白くない結果だったが、上田城を元に設計図を作り、基礎から地道に作り上げた城は意外なことに立派だった。誰かがこっそり忍術でも利用したのかもしれないと巷で密かに噂になったが、くのいちはふらふら大阪城でねねと遊び呆けていたので、たぶんそれはないだろう。
 そんな幸村に対し、政宗は調子良くそして抜け目なく、家康から岩手沢城などという立派な城をもらい秀吉を大いに憤慨させ、その舌先三寸で厳しい追及もかわし続け、最終的に何故か家臣まで岩手沢城に住まわせる許可まで得て秀吉を感嘆させるという、政宗らしいといえば政宗らしい方法で住居を得ていた。


 そんな風にして四人がそれぞれ暮らしていたある日。政宗が近くを通りかかったので、矜持が高い三成は藁の家に住んでいるところなど見られてはたまらないと家を飛び出し、結果、政宗を待ち構えていた風な状況に陥っていた。
 生真面目で融通の利かない三成は、かつて一度忍城で奇を衒った秀吉の水攻めを真似して失敗している。そういう過去があったので、要領良く苦労をせずに住処どころか家臣まで得ている政宗が苦々しくてたまらなかった。本心では羨ましいと思っていたが、三成がまさかそんな本音を洩らせるはずもない。つい政宗に対し、いちゃもんをつけた。
 一方、喧嘩を吹っかけられた政宗も三成に対しては色々煮え湯を飲まされてきた過去があるだけに、すごすご引き下がれなかった。
 「何じゃ貴様、羨ましいのか。」
 汗血馬からわざわざ降りて喧嘩を買った政宗に、三成は良い根性だと頬を引き攣らせ、扇子を握る力を強めた。
 そうして二人が陰険に嫌味の応酬をしているところに、偶然通りかかった者がいた。菜園帰りの兼続だ。後になって、食事時栄養がどうのこうのと五月蝿いから幸村の方にしとけば良かったと強く後悔したが、不精な三成は、食事などをたかるため兼続宅の傍に家を建てたのでお隣さんだった。
 政宗と犬猿の仲と称されるほど仲が悪いことで有名な兼続はあからさまに顔をしかめて、野菜駕籠を背から下ろした。
 「なんだ。何処から迷い込んだのか、山犬がきゃんきゃん煩いな。」
 「うるさい馬鹿め!わしをその名で呼ぶなと言っておろう!」
 「?この声は伊達家当主の政宗か。いやあすまんすまん。後姿しか見たことがないのでわからなかった。」
 「貴様…!烏賊で哺乳類でもないくせに生意気なっ!」
 ばばっと途端に戦闘態勢に入った二人に途端に蚊帳の外に放り出された三成は、あの野菜駕籠の中に嫌いな人参や茄子が入っていなければ良いのだがと思いつつ、ふと、そうだ入っていれば放り出しておけば良いのだと駕籠のところへ走り寄った。
 それが兼続と政宗にとって、戦闘の契機となった。
 後方で盛大に銃声や旋風が起こっていたが、三成は少しも気に留めなかった。これが、大阪城に居た頃からの兼続と政宗の日常なのだ。しかし上から散り散りに舞い落ちてくる金色のものに気付き、ごそごそ駕籠を漁っていた手を休め、顔を上げた三成は思わず呆気に取られ絶句した。何が舞っているのかと思えば、藁だ。大量の藁が飛んでいる。ふっと視線を自宅へ向ければ、藁の家が、消えていた。
 「き、貴様何をしておる!近くにかような脆い家があるのに必殺技で竜巻発生など、馬鹿か!」
 実は意外と常識派の政宗は泡を食って怒鳴り散らした。仲は宜しくないのだが、流石の事態に、三成へ同情を寄せたらしい。
 「馬鹿とは何だ!それは不義だぞ!」
 「友と言っておる者の家を吹き飛ばす方がよっぽど不義じゃ馬鹿め!」
 そのとき後方で大きな爆音が響き、からんと政宗の足元に何かが飛んできた。木片だ。木片というにはあまりに大きすぎるかもしれない。度肝を抜かれ転びそうになった政宗は、やっとの思いで多々良を踏んで尻餅をつくことだけは免れた。
 「なっ、何じゃ?!」
 政宗が振り向くと、轟々と家が燃えていた。兼続の丸太小屋だ。乾燥した木で出来ているだけあって、小屋はとても良く燃えていた。兼続は驚きに目を見張り、そそくさと余った爆弾を胸元に仕舞いこんでいる三成をびしっと勢い良く指差した。
 「三成っ、友の家に放火するなど不義だぞ!」
 「うるさい!元はといえばお前が俺の家を吹き飛ばしたのが悪いのだろう!」
 「それは悪かったっ!だがあれは不可抗力だ!」
 「うるさいっ!」
 謝る気があるのかないのか、堂々と胸を張って謝罪の言葉を口にした兼続の頭を扇子で思い切り叩き、三成はのろのろ歩き出した。
 「くそっ、左近がいればこんなことには。幸村の元に行くぞ。お前のせいで住む場所がない!」
 「それは悪かった!」
 後には、未だ呆然と立ち尽くしている政宗だけが残された。案外、こういうことに弱い男なのである。


 幸村が築いた城は、その頃、上田城2と呼ばれて民に慕われていた。元々付き合いやすく義に篤い男なので、気付けば家臣団も出来ていた。その中にひょっこりくのいちの姿が混じっていたが、幸い秀吉は気付いていないようだ。くノ一仲間であるねねが何か裏でしたのかもしれなかった。
 「幸村っ、聞いてくれ!」
 ばんと襖を張り倒しやって来た二人に、幸村はぱちぱち瞬きした。急な訪問ならば相手が相手なので別に驚きもしないが、襖を破壊されると誰しも少なからずびっくりする。しかし幸村も慣れたもので、すぐさま微笑ってどのような用での訪問か尋ねた。三成は身振り手振りを交え、途中口を挟む五月蝿い兼続をしばいたりしつつ、自宅が吹き飛んだ行まで話した。それには、幸村も流石に呆気に取られたようだった。
 「何故、そのような事態になったのです?」
 「それがあの山犬が来たのだ!」
 元はといえば兼続のせいあるいは三成の自業自得で、実のところ政宗は何もしていないのだが、それはそれで納得しがたいものを感じた三成も大きく頷いた。自分の非はなるべく認めない男なのである。
 「何と、政宗様が?」
 「そうだ!あの山犬!不義だ!」
 「そうですか…それは…支度をしないと。申し訳ありません、しばし席を外します。」
 しばらく顎に手を添え考え込む風でいた幸村は、決意したように立ち上がり、城の配下に命を下した。それによって一瞬にして、城の雰囲気は騒然としたものへ変化した。戦の支度だろうか。三成は内心それほど大騒ぎすることでもあるまいと思い、同時に、これで真田と伊達で戦なんてことになったらねね様にどやされるだろうなと少し冷や汗をかいたりした。唯我独尊な三成だったが、唯一頭が上がらない者がねねだった。しかし、まさかあの幸村が兼続の発言を真に受けることもあるまいと信じたりしつつ、出された茶請けなどを突き、部屋でだらんとくつろいでいた。どこまでも唯我独尊な男なのである。
 そうこうしていると半刻ほどして、遠くに豆粒ほどではあるが政宗の姿が見えてきた。戦でもないのに目の前で家が二軒消失したことは、まともな精神の持ち主である政宗には衝撃的すぎたらしく、汗血馬に乗っているにもかかわらず足取りは亀のように遅かった。
 さて、幸村はどうするのだろう。奇襲でもかけるのだろうか、それともここは上田城2という名前なのだから、立て篭もりでもするのだろうか。何か起こったら全て兼続のせいだということにして傍観することに決めた三成は、煎餅片手に幸村の動向を見守っていた。
 幸村はばっと、政宗の元へ駆け出した。
 「奇襲、か。」
 それにしてはばればれだ。それも何かの策なのだろうかと内心首を傾げていると、窓から外を覗いかせた三成の前で、幸村が政宗へ手を振った。
 「政宗様!よくぞおいでくださいました!」
 何か思っていたのと違うぞと三成がぱちくりしているしている間にも、政宗の元へ辿り着いた幸村は汗血馬を配下に任せ、二人並んで歩き出していた。
 「遠路はるばるありがとうございます。」
 「別に…文をもらったからな。」
 「そんな、例えそれでも私は政宗様がおこし下さっただけで嬉しいです。」
 はにかむ幸村に、政宗がそっぽを向いた。三成から僅かに見える耳は赤い。どうやら照れているようだ。あの、独眼竜が。三成は思わず煎餅を取り落とした。
 「まだ城は出来たばかりで殺風景ですが…今宵は少しでも楽しんで頂ければと宴を用意いたしましたので。」
 宴を催すのだという。だからあんなにどたばたしていたのだろうか。今度は一転して、なんだそれはと三成は呆れた。いつの間にそんなに仲良くなっていたのだ。
 幸村の言葉に政宗が睫毛を瞬かせた後、恥ずかしそうに呟いた。
 「別に宴の支度なぞ…わしは幸村がいればそれだけで良いのに。」
 「そのようなこと…!」
 三成は立ち上がった。馬に蹴られて兼続は死なぬかもしれないが、三成は人だ。相手が汗血馬ではひとたまりもない。三成は考え込みながら、さて住いはどうしようかいっそこれを機に大阪城に戻ってしまおうかと、不義だと叫んでいる兼続の襟首を掴んで城を出た。ぐえっと何か息が詰まったような声が後方でしたが、三成は気にしないことにした。兼続は異常に丈夫なのだ。気にせずとも生きているだろう。何より、汗血馬に蹴られて自分が死ぬより、兼続が窒息した方が断然ましだ。三成は別に兼続が蹴られたところで気にしなかったが、それでも、恋人たちの逢瀬には邪魔だろうなと多少の配慮は利かせてやった。三成の家が吹き飛ばされたとき、政宗が兼続を怒鳴りつけてくれた礼である。そのまま三成はずるずる兼続を引き摺って、大阪城へと去っていった。


 それから残りの歳月を、幸村と政宗は二人で楽しく暮らしたようだ。それ以上は聞いていないし知りたくもないので、三成に詳しいことはわからない。時折邪魔だということで、政宗にたたき出されたくのいちが大阪城へ遊びにやって来るのは、ねねの話で知っている。
 ちなみに、兼続はどれだけ破壊されてもめげずに、今は丸太小屋五号を作っているところだ。犯人は爆破に味を占めた三成だったが、誰も止めさせようとしないので、まあ良いのだろう。相手は兼続であることだし。











初掲載 2007年10月9日