光るものすべてが金でないことを、政宗は誰よりもよく知っていた。光るものがすべて真実であるわけではない。光るものがすべて正しいわけではない。そのことを誰よりも(あるいは兼続の方が)知っていた。
幸村は正しかった。誰よりも光を放っていた。
しかしだからといって、正しい道を選び取った幸村が報われたわけではない。幸村よりも光るものなど、そこかしこにある。偽りの金だって、光るのだ。あるいは、本物よりも。政宗はそのことも誰よりも(兼続よりも)よく知っていた。
実際先の戦では、本物よりも偽物の光の方が、価値があった。政宗は真っ先に偽物に手を伸ばした側だった。本物を尊んで死ぬよりも、偽物に囲まれて生きる方を選んだのだった。それを、幸村は嗤うかもしれないと思った(兼続はもう嗤わない)。でも、幸村は嗤わなかった。徳川につくことを告げると、目を落として寂しそうに笑っただけだった。
「政宗様はお変わりないですね。」
それきり口を噤んでしまった幸村を、政宗は仁王立ちして見ていた。跪く男は、こんなに小さな男だっただろうかと失望した。悲しかった。しょせんこんなものだったのだと、政宗は必死に己を慰めた。見たくないものがその先にあることを、ほんとうは知っていた。けなして貶めて、政宗はどうにかして幸村を捨て去りたいだけなのだ。幸村はいつの間にか政宗の心に住み着いて、消えようとはしなかった。
幸村はしばらくしてから悲しそうに呟いた。
「私は、愚純なので。」
敵に回ると続けたかったのだろう。政宗は気付かないふりで、耳を塞ぐしかなかった。聞きたくないと耳を塞いで、目も、閉ざした。光る未来、その先に何があるのか。そんなはずはない。政宗の勝ち取るその未来は、政宗が望んで手にしたものなのに。それなのに、なぜ。政宗は必死に目をつむった。
どうせ眼下の幸村は、寂しそうに笑っているのだ。
政宗はいつも、選び取る側にあるのだと信じていた。それは限られた選択肢の範囲内ではあったけれど、いつも、選ぶ権利をえているのだとかたく信じていた。
「あんたの立場は、選ぶ側にあるよ。」
政宗が手を延ばした男は言った。政宗の手を振り払っておいての発言だった。
何を今更。政宗は嗤った気がする。そう。政宗は選び取る側の人間だった。でも、政宗は知っていたのだ。本当に選び取れる側ではないことを。
たしかに、政宗は選べるだろう。権力にものを言わせ、手にすることはできるだろう。真実を嘘で塗り潰して、正しいものを貶めることはできるだろう。だがそれがなんだ。所詮、本物には劣る存在だということを、政宗は誰よりも知っていた。偽ものの輝きでは、本当に欲しいものはいつだって手に入らなかった。手にすることはできても、真実、手に入れることは叶わなかった。
幸村こそが真実の意味で、選び取れる側の人間だった。政宗が欲しかったのは、幸村の心ただそれだけだったのだから。それだけは、権力でも金力でも名誉でも、どうすることもできなかった。
「あんたが手を延ばさなきゃ始まらなかったんだ。あんたは、わかっちゃいなかった。」
戦塵が舞う灰色の空を背にして、男は言った。上杉を飛び出た男がこの場にいることに、不思議と違和感は覚えなかった。ただ、ああ来たかと思った。とうとう来てしまったか。真実を知らされる刻が。耳を塞いでも、目をつむっても、いつかこの刻が来ることを政宗は知っていた。
「地位や立場ってのは、あいつにとっちゃ覆せないもんだったんだ。」
政宗の腕の中で眠る幸村を、男は寂しそうに言って、笑った。
「あんたが最初に手を延ばさなきゃ、何も始まらなかったんだよ。」
まるで幸村みたいな笑い方だった。
そうだ。政宗は苦しい胸を必死に隠して、精一杯嗤った。そうだ。つよくこぶしを握り締めて、男を睨みつけた。結局何も始まらなかった。何も始まらないで、すべて終った。幸村は死んだ。政宗の心をつよく打って、流星のようにまたたいて、世界から消え去ってしまった。幸村がもたらした熱も、今ではもうすべて消えてしまった。戦いの熱も、体温も、血の熱さも、意志の熱も。幸村はすべて持っていってしまった。何一つ残してはくれなかった。
「…それが、なんだ。死んで花実が咲くものか。結局生きる術を持たない男だっただけのことよ。」
わしは知らん。溜め息のような声が漏れ出て、政宗は男から顔を背けた。
それでも、結局、政宗は知っていたのだ。何もかもが偽りの光を放つこの世界で、それでも、真実の光を放つ幸村は金だった。本物だった。政宗にとって、本物は、幸村だけだった。幸村だけがすべてだった。泥をすすってでも生きていてもらいたかった。この手を取らないでくれてもいい。隣にいてくれれば。遠くてもいい、生きてさえいてくれれば。政宗にはそれだけで、十分だったのに。
結局、始まりもしないうちから幕を引いたのは、政宗だった。
「今更じゃ。」
抱きしめた身体は熱を失って、もう硬くなり始めている。零した唇が震えるのを、政宗は知らないふりをした。嗤うことすら、かなわなかった。
初掲載 2007年5月30日