一回目は気のせいかと思った。二回目は冗談だと思い、三回目で確信に変わり、七回目にいたってようやく政宗は逃げ出した。八回九回とそれは続き、二四回目で諦めた。
「へえ、あんた律儀に数えてんだ。意外。」
その男はそう言って、政宗に四五回目の口付けを落とした。触れるか触れないかぎりぎりで表面を掠めていくそれは、空をふわりと舞う羽根のようで、男に似合わず柔らかく、誠実で温かかった。それともこれは、男に相応のものと言おうか。いかにもたらしらしい優しさだ。嫌がられることのない優しい弱さで、逃げることを許さぬ強さでもある。
廊下の壁にぐったり寄りかかり、政宗は天を仰いで溜め息を吐いた。本気で抵抗すれば逃げられる。しかし、抵抗するまでもない程度だ。もっと強引にされたら拒んだ。けれど、これは児戯に等しい。
政宗の様子に、男はあからさまに顔をしかめて、僅かに唇を尖らせた。
「あんたさ、どうしたら信じてくれんの?」
「何を。」
「好きだって言ってんじゃん。」
「馬鹿を言うでない。」
否定する声は思いのほか弱弱しかった。それに気付いて、彼が笑った。
「百万回したら信じてくれんの?まあ、それで信じなくても良いや。信じてくれるまで、俺はするだけだし。」
「…わしに拒否権はないのか?」
「あったら、行使してんだろ?ってことは、ないんじゃねえの?」
すぐさま、額に唇が触れた。啄ばむように、生え際をなぞり、四六、四七、四八。
回を重ねるごとに口付けは一回辺りが増えていく。はじめは一回、手の甲だった。自分の気のせいだと思った。二回目でもう少し確かに触れたが、それは政宗のこめかみだった。だから冗談だと済ませた。眦、睫毛、眉間、鼻先。流石に何かがおかしいと思い、頬骨に落され確信に変わった。
四九、五〇、五一。上唇を唇で柔く食まれて、政宗は小さく息を呑んだ。けれど、それ以上彼は踏み込まない。まるで拒まれるのを怖がるようだ。あんな軽口を叩いたくせに、政宗は僅かに瞑目した。五二、五三、五四。おとがいに唇が触れて、離れた。
人が来たらどうしよう、と思った。宮の廊下だ。誰が通ってもおかしくない。上から薄い影を落して、彼が政宗を覗き込んだ。冗談なのか本気なのか、まだ政宗にはわからない。瞳に浮かぶ感情は乱雑すぎて、読み解けない。
「目、閉じろよ。独眼大蛇さん。」
声に間を置かず、男の唇が降ってくる。政宗は瞼を閉ざす寸前、壁につかれた男の緊張に強張る両腕を見た。
初掲載 2008年1月6日
正式掲載 2009年2月15日