政宗って本当に口から生まれたようなやつよね、と星彩は常々思っている。良い意味でも、悪い意味でも、だ。
政宗は雄弁で、演説や鼓舞が非常に得意だ。立ち居振る舞い一つ取ってみても、星彩にはできない偉業を成し遂げる。大言壮語を吐いたかと思えば、それを実現させてしまう実力で、夢を見させることにかけては天下一品だと星彩は思う。あの魅力溢れる笑顔でもってしたら、きっと、天下も夢ではないだろう。当初、政宗のことを嫌っていた星彩がこれだけ入れ込んでしまったのだ。みんなこうなるはず、と星彩は固く信じている。
以上は良い点を挙げ連ねてきたが、視点を少し切り替えて見ると、政宗は二枚舌なのではないかと思うほど、舌先三寸うまいことを言う。それには星彩もたびたび絆され、笑って狼藉を許してしまうわけだが、つまりは、政宗は言い訳や嘘が得意なのだ。冗談では済まされないようなことも、人によって手を変え品を変え態度を変えるので、結果、大目に診られることになるのだ。
だから今回の騒動に関して、星彩は、ちょっと良い灸になったんじゃないかしら、と思いながら、一方でちょっと不安を感じてもいた。
星彩と政宗、それに孫市が現在いるのは、信長が率いている国だ。もっと詳しく述べるとすれば、その国の酒宴に出席している。
政宗という男は、先に述べたように、嘘が得意だ。が、それを許される愛嬌も持っている。そして、ここからが肝心なことになるのだが、政宗は非常に酒癖が悪い。嘘も冗談もべらべら口にする。特に、好みの性の話になると、それはもうべらべら嘘を口にする。風の噂では、亡き遠呂智に対して本気の本気で「わしは遠呂智が好きじゃ。」と臆面もなく告白して玉砕したらしいが、少なくとも、星彩は、政宗の口から嘘しか聞いたことがない。
嘘というものは、真実の中に少しだけ混ぜ込んだ代物の方が、一般に、信じられやすいそうだ。そういう意味では、政宗はそれに半分当てはまり、そして全く当てはまらなかった。
例を挙げよう。
政宗は幸村を評価している。無論、それは戦士としてのものだが、そういう評価を織り交ぜていき、「わしは幸村が好みじゃ。」と結論付ける。嘘だ、と、それは嘘を聞き慣れた蜀のものであればすぐさま察する他愛ない嘘なのだが、どうしたわけか、それが真実にしか聞こえない。酒の力も借りているのだろうが、基本的に、政宗は演技が巧いせいだろう。
一方で、政宗は兼続を毛嫌いしている。それはおそらく、幸村のように戦士としての評価ではなく、人間性によるものだろうが、ともあれ、双方嫌い合っていることだけは確かだ。その兼続を政宗が好みだと言い切ったときには、思わず、星彩も喝采を送りたくなった。それは無茶だろう、と思いつつも、どこかで真実のように聞こえた。
あるいは、孫市にガラシャが好みだと告げたり、関平に星彩が好みだと告げたり、好き勝手なことを仕出かしている。大抵は質問者に関係のある人物、あるいは質問者を「恋しく思う」のだ、と政宗は口にする。関平に関して出汁に使われた星彩としては、ここは怒るべきかもしれなかったが、関平の反応が面白かったので政宗を叱ることは断念してやった。
なお、政宗は女に対しては、このような冗談をあまり口にしない。これまた風の噂なのだが、どうも、どこかで一回「お主こそわしの好みじゃ。」というような主旨のことを告げて、うっかり食われてしまったらしい。あくまで、噂の話、である。
長々と説明してきたのだが、今回、政宗が凌統に対して返した主旨は「凌統だ。」という代物だった。
「独眼大蛇さんはさ、好きなやつとかいんの?」
年齢的にはありきたりで当たり障りも面白みもない、ただのつまらない質問だった、と星彩は思う。
それに対して政宗の方は、よほど常日頃「独眼大蛇」と呼ばれることに内心腹を据えかねていたのか、にっこり笑ってべらべらしゃべった。
「勿論、おるぞ。」
政宗曰く、その人は呉軍にいて、明るい色の髪を持っていて、垂れ目で、うんぬんかんぬん、と話は続いた。しごく遠回りに、凌統、と告げている。
確かに、凌統は「好きな女」とは尋ねていないわ、と星彩は思った。
普通、このパターンで来た場合、政宗がおちで名を口にするまで、質問者は回答に辿り着けない。政宗と質問者が同性なのだから、当たり前だ。政宗のいた世界では衆道なるものがあるらしいが、凌統は大陸の人間だ。これだけ情報を流したとしても、そんな結論に辿り着けるわけがない。
しかし、その言葉の羅列に、凌統は心底驚いたようにぱちくりと目を瞬かせると、顔を輝かせ身を乗り出して、政宗へへらりと笑いかけた。こういうところ、孫市と似てるわね、と星彩は酒を呑みながら思った。
「え、それってさ。もしかして俺のこと?!つか、俺しかいねえって。うっわ、まじで?じゃ、相思相愛だったんじゃん!」
星彩も政宗も呆気に取られた。凌統は興奮に顔を上気させると、べらべらと捲くし立てた。
「ならもっと早くに訊いときゃ良かった。いやー、独眼大蛇さんってば竜とか自分のこと称するし、ほら、竜ってこっちで言えば皇帝の象徴だろ?何つーか高嶺の花っつーかさ。好きだ、政宗!…付き合ってくれっ!」
熱っぽく語り終えた凌統に、政宗は両手を握り締められて困ったように瞬きをした。
このとき、星彩は、ちょっと良い灸になったんじゃないかしら、と思った。しかし、そのうち、ちょっと不安を感じ始めた。
そうだ、政宗は―――。
「…、しし、し、仕方あるまい。つ、付き合うてやるわ、馬鹿め!」
どもりながら政宗が答えた。
そうだ、政宗は面白いことが大好きな上、真正面から向けられる愛情に悲しくなるくらい弱いのだ。更に調子の悪いことに、政宗はその愛情に応えようとする。家庭の事情、が原因らしい。
「俺、絶対目一杯、政宗のこと幸せにするから!絶対絶対、あーもー俺幸せすぎてどうしよ!」
「うううううう、煩いっ!恥ずかしいことをべらべらとっ!」
頬を赤らめた政宗の横顔に、星彩はらしくなく呆気に取られた。
「ま…政宗。それで良いの?」
どうしよう。そんな簡単に陥落するなら、私がさっさと試しておけば良かったわ。思わずそんなことを思った星彩に、孫市が頭をかいて呟いた。
「嘘から出た真って、まじ、あるんだなあ。政宗のやつ、めろめろじゃねえか。」
例えそれが嘘だとしても、本当「っぽい」と思っていないで、たまには素直に全部信じることも、世の中必要なことなのである。
初掲載 2008年3月28日