懲りないやつら


 政宗は遠呂智に心酔している。どれくらい心酔しているかといえば、思い余って抱かれてもいいと思うくらい心酔している。むしろ抱かれなければ愛情を示せないんじゃないかとすら思っている。遠呂智からしてみたら迷惑きわまりない覚悟だ。しかし、政宗が海よりも深く山よりも高いプライドの持ち主であることを考えれば、本気で遠呂智に惚れ抜いているのは事実なようである。
 その日もどうやって遠呂智に抱かれてくれようかと、政宗は古志城で無駄な策略を練っていた。政宗が抱く側ならば話は早い。てっとり早く相手を押し倒せばいいだけだ。だが、身分の高さゆえに抱かれる側など、どうやってアプローチをしたらいいのか、政宗にはさっぱりわからなかった。押し倒すのは少し違う気もする。ここは遠呂智の行動を待つしかないのか、いやしかしそれはそれで待つなどとわしの性にあわん。午後の日差しを浴びながら、政宗はうんうん唸っていた。暇なのだろう。誰か、この暇すぎて考えが危険な方に及んでいる政宗に、仕事を与えるべきである。
 「政宗さん、また妄想?」
 やはり暇で政宗をからかいに来た妲妃の言葉は的を得ていたが、その自覚のない政宗は顔をしかめた。
 「違うわ馬鹿め。何が妄想じゃ、人聞きの悪い。」
 自覚がないのでたちが悪い。だがそれでこそ妲妃の望むところだ。妲妃はにんまりと心中で笑った。最近の妲妃のお気に入りの遊びは、自分にはまるで関係ないところで政宗を暴走させて周囲に迷惑をかけることだった。
 「政宗さん、策を授けてあげようか。」
 政宗は眉をひそめた。
 「貴様…以前そう言われて指示された料亭に向かったら、しこたま呑んで酔っ払っておる司馬イにさんざん諸葛亮の女に対する想いやら愚痴やら朝まで付き合わされて大変だったぞ!何が、遠呂智が待っておる、だ。」
 半月前のことを思い出して苦い顔をする政宗の言葉に、その翌日本当にうんざりした顔でふらふら朝帰りしてきた政宗の姿を思い出して、妲妃はとうとう堪えきれずに笑みを洩らした。
 「何を笑っておる。やはり貴様、面白がっておるのだろう。」
 政宗も遠呂智に出会ってから微妙にアレだが、馬鹿ではない。もともとは世知や智謀にも長けた、勇将である。
 胡散臭いと眼差しを向けてくる政宗に、妲妃はにっこり笑ってでまかせを口にした。
 「ううん。そんなことないよ。嫌だなあ政宗さんってば、人の好意を疑うの?」
 「信じられん。」
 もちろん好意なんて欠片もない。妲妃は基本的に面白ければそれでよかった。だから政宗の不安は的中していたわけだが、妲妃は「大丈夫大丈夫!」とまたにっこりと、わざとらしいくらいの満面の笑みを浮かべた。
 「今度の策は絶対成功するって!ね?じゃ、試してみよっか!」
 政宗は再び顔をしかめた。あまりに妲妃は無理矢理すぎる。


 遠呂智は酒が好きだ。呑まない日がないほどである。たとえ戦があろうと呑むほどの執着振りで、基本何事にも淡白な遠呂智がこれほどまでに執着するものは酒くらいなものだった。ちなみに、好きなものランキングにおいて、慶次と強者は別格なので数に含まれていない。
 その日も遠呂智に誘われ、これまた酒好きの慶次が杯を交わしていると、部屋にどたばた騒々しい何かが近付いてくるのが物音でわかった。こんな夜更けに、こんな風に遠呂智の部屋にやって来る人間を慶次はそう知らない。もとより、遠呂智の部屋に来れるほど高い地位についているものはそう多くないのだ。
 今宵は、泥酔して錯乱している董卓だろうか、やっぱり呑みすぎて暴れている呂布だろうか、それともまた政宗が妲妃に唆されて何か面白いことでもしてるのだろうか。
 遠呂智に断って杯をいったん置き、ひょっこり頭だけ出して外を窺った慶次は苦笑した。最後の、政宗の場合だった。しかも何があったのか、面白いことこの上ない。
 「いよう、政宗。いったいそんな格好してどうしたんだい?」
 「む。慶次か。見てわかるであろう。詰め所からわらわら出てくる雑魚どもを倒しているのだ。」
 それは確かに見てわかることではあるが、少なくとも常識を鑑みれば、自軍の、しかも総大将のすぐ近くの詰め所を側近が襲う必要性はまったくない。普通ならまずしないことだし、あれで案外常識人の政宗も平素であれば愚行と嗤ってしないはずだ。
 それが許される政宗の権力と遠呂智軍の恐怖政は怖いねえ、と内心苦笑する慶次の後ろで、なにごとかが展開されていることを察した遠呂智が杯を置いた。
 「それで、遠呂智と何か関係があるのかい?襲撃してるのと、その格好と。」
 指差して尋ねた慶次を、「人を指差すなどしつけがなってないぞ、慶次。」とたしなめ、政宗は両腕を腰につけ偉そうに胸を張った。そのひょうしに胸が帯で締め付けられて、じゃっかん政宗の動きが止まった。着慣れないので苦しいのだ。それでも政宗はふふん、とこれまた偉そうに鼻を鳴らして答えた。
 「当然であろう!わしに女装趣味があるとでも思ったのか!」
 「いや、ないとは思うが、そんな格好してる理由がわからないのさ。」
 政宗は女装していた。伊達男の語源らしく、派手で着物を無駄に粋に着こなしていた。もっともその着物は女物で、その上、そんな格好で自軍を襲撃しているので、何事もおおらかに受け止めて大抵のことはまったく気にしない慶次が首をかしげたのも仕方がないというものだろう。
 不穏ななりゆきを察して、慶次の背後では遠呂智がそそくさと立ち上がっていた。遠呂智は自分のことをなぜか慕ってくれる政宗のことをけっして嫌っていないが、まったく理解できなくて苦手だった。言語は通じるのに、意思が疎通できない。考え方が違いすぎて、これが我と政宗の生きる世代の差か、と遠呂智は思っていた。もっともそれは世代うんぬんではなく、遠呂智が愛情に疎いことと、政宗の暴走の結果だった。
 (慶次よ。我はしばし消えるぞ。あとは任せた。)
 (おうよ。また、明日呑もうぜ。)
 そんな会話がなされていることを知らず、政宗はなぜ自身が女装をして自軍の詰め所を襲撃しているのか説明していた。
 「ヤマタノオロチの話があるであろう。すなわち、女と酒と月があれば大蛇である遠呂智も素直になり、わしの魅力にきっとメロメロキュン!と見た!だがわしは女ではないので、女分を女装で補ったのだ。」
 酒は現在老酒を調達中である、と話を締めくくり、政宗は胡乱な目を慶次に向けた。
 「それでなぜ貴様がここにおる。ここは遠呂智の部屋であろう。遠呂智はどこだ?」
 「まあまあ。遠呂智は出かけてて、俺が留守番してるのさ。それで、政宗。何でわざわざ老酒なんだい?政宗だったらもっといい酒入手できただろ?」
 「ふっ。痴れたことよ。老酒は無双ゲージが溜まるではないか。これでゲージを溜めて夜はハッスル、かつ酒として飲ませることも出来て、華陀膏と違い一石二鳥というものだ!しかし老酒はなかなか出てこないものなのか…?出てこなくて腹が立つぞ、正直。」
 政宗はいつもどおり、言葉巧みに妲妃に扇動されたらしい。遠呂智が好きなのは慶次も政宗といっしょだが、遠呂智のこととなるとととたんに盲目になる、ということはない。扇動されて洗脳されて奔走させられて自滅して、それでもまだ妲妃の策を信じてしまう政宗に慶次は苦笑した。いつもは、遠呂智軍の中でも類を見ないほど、常識があってマシな人間なのだが、政宗は遠呂智のこととなると目の色を変えすぎる。
 「政宗は本当に、遠呂智が好きなんだな。」
 「当たり前であろう!」
 踏ん反り返ってそう答えた政宗に、慶次は続けそうになった台詞を呑み込んだ。そんな風だから、毎回、妲妃に謀れて二重の罠にはまり、まんまと慶次に食われるのだ。
 本当に懲りていないのははたして誰なのだろう。遠呂智軍の面々は誰も彼もみな、反省するような者ではない気がした。
 「反省しないで邁進するから、こうなるんだな。毎回。」
 「ん?何か言ったか?」
 「いや何も。」
 尋ねる政宗になんでもないとうそぶいて、慶次は立ち上がった。妲妃の策に毎回毎回乗らされるのはしゃくな気もするが、ここまでお膳立てされておいて据え膳を食わないのは男の恥でもある。
 「老酒だったら俺の部屋に取り置きがあるぜ。俺と遠呂智と妲妃でパーティ組んでるんだ、俺が呑んじまえばてっとり早いだろ。俺の部屋に来いよ、政宗。」
 「本当か!」
 翌朝、夜はうっかり流されてしまったものの、夜も明け、正気に戻ったことと身体の不調とで腹を立てた政宗が放った奥義の右目のビームを、さんざん喰らって焼け焦げた慶次の部屋に、意気揚々と心底楽しそうに妲妃がやって来てからかうことを、慶次は経験としてすでに知っている。妲妃の謀略の対象は、政宗だけではなく、政宗にかかわった者も含まれるのだ。
 それがわかっていたにもかかわらず、慶次は一つ溜め息をついてから、目を輝かせている政宗に向かって大きく、「ああ」、と頷いた。
 結局、慶次も懲りない面子の筆頭なのである。











初掲載 2007年6月14日