でもそれは恋だった


 銃の手入れも済み、出された茶請けも食べ終わった孫市は何とはなしに政宗を眺めていた。暇なのである。暇にかまけて窓の外も眺めてみたが、綺麗な女中が下を通りかかるわけでもなく、雲が流れるばかりで面白くない。
 とはいえ、今の政宗は声をかけづらい雰囲気をかもし出しているため、非常に話しかけにくい。
 (…参ったな。)
 「暇だから城下町にでも遊びに行こうぜ。」と誘い、「では待っていろ。」と返された手前、今更、退室するわけにもいかない。正直、失敗したと思った。
 書状に目を通している政宗の眉間には、決して浅くはない皺が刻まれている。またぞろ秀吉が政宗にちょっかいをかけてきたのかもしれない。
 自分にどこか似て破天荒な気質の政宗を秀吉が気に入っていることを、秀吉とも親密な仲を保っている孫市は十分知っていた。そして政宗もそのことはわかっているとは思うのだが、秀吉のちょっかいはたまに洒落にならないことがあったので、気に入られて嬉しいと喜んでばかりもいられないことも、また、孫市は承知していた。
 (今度はどんな無理難題を押し付けられていることやら。)
 もちろん、全ては孫市の想像にすぎない。実際は、(可能性は限りなくないに等しいが)政宗と非常に仲の悪い直江兼継が書状をしたためて送ってきたのかもしれないし、領地内の悪い噂でも流れてきたのかもしれない。もしかしたら、万に一つの可能性ではあるが、実家に帰った例の実母から文でも届いたのかもしれない。
 (政宗も若いのに、大変だよな。さすが、殿さまってとこか。)
 しばらく政宗のしかめ面を見詰めていた孫市はせっかくの可愛い顔が台無しだと思いながら、再び、窓の外へと視線を流した。雲は流れ去り、眼前にはただ、きれいな青い空が広がっていた。
 限りなくどこまでも続くこの空の果てに、政宗は行きたいのだという。海の向こうには何があるのか、世界はどこまで広がっているのか。
 秀吉のために天下を獲ってやりたいと思った熱心さとは違うが、それでも。冷めた大人のような目をしている子どもが、時折ふと思い出したように語る大それた夢を、叶えてやりたいと思う。
 「政宗。」
 「…何だ、孫市。」
 つい名を呼んでから、はっと、なぜ今まで声をかけていなかったのか、孫市は理由を思い出した。それでも、思ったよりも機嫌の悪くなさそうな声色に、まあいいかどうにでもなれという感情も沸き起こった。
 「愛してる。大好きだ。お前のことが愛しい。恋しくてたまらない。」
 「そうか。」
 政宗の返事はぞんざいで、気もそぞろなのが丸分かりだった。書状と睨めっこをしている現状のせいでもあるし、孫市があまりにも軽々しくいつもその言葉を口にするせいでもある。まさか信じてもらえるなどと思ってはいないが、告げた台詞は本心なだけに少し物悲しいものもある。
 「どうしたら信じてくれるんだ?」
 「信じておるわ。」
 (嘘、吐くなよ。)
 政宗の返事が嘘ではないことぐらい、孫市にもわかっていた。そこに嘘偽りは存在しない。
 けれど、政宗は孫市のことを友人として信じていて、したがって孫市の告白の内容は、親愛の情、その一言に尽きている。その事実も孫市は知っていた。
 複雑な感情を胸に見上げた空は、憎らしいくらい晴れ渡っている。
 「政宗は、俺の気持ちを、わかってない。」
 「…それは、俳句か?季語がないぞ。」
 指折り伝えた心情に、失笑に近いものではあったけれど、政宗がようやく笑みを見せた。つられて孫市も笑った。
 政宗に対して孫市は抱きたいとか守りたいといった、今まで女性に抱いてきたような想いを覚えはしなかった。隣で政宗の描く夢を見せてもらえたなら、それだけで十分だった。
 それでも孫市が育んでいるその気持ちは、間違いなく、恋だった。











初掲載 2007年4月9日