エンパ伊達家:2


 珍しいこともあるものだ。わしはそう思って、眼下に差し出された茶と眼前に座る三成とに交互に目をやった。世の習いで茶にかぶれている主のわしとは対照的に、その部下である三成は、わびさびや傾きといったものを頑ななまでに拒んだ。時間と金の無駄だ、というのが三成の弁で、あまりにも三成らしいきっぱりとした返答に、わしも無理強いはすまいと茶に誘うのを控えていたのだが、だからこそ、こうして三成の側から誘われ、もてなされるとは思わなかった。
 何か、あったのだろうか。
 突然の変心がわからず、わしが心持ち片眉をあげてその顔色を窺うと、三成は憮然とした表情で告げた。
 「俺は、茶など嫌いです。」
 そう言って、押しやるように再び茶を差し出され、わしは仕方なしにそれを手に取った。味はこれといった特徴もなく、作法も同様。床の間に飾られた花に至るまで特に可も不可もない、お手本通りの茶は、三成らしかった。この席もわしの付き合いでしかないのだろう。しかし、この席はわしが開いたものではない。三成が、わざわざ、わしを誘ったのだ。
 やはりその意図を図りかね、無作法だとは承知していたものの、茶器を両手で抱え込むようにして飲みながら、わしは上目遣いに三成を見やった。機嫌が急下降しているのか、それとも、何か思うところでもあるのか。三成の顔つきはもはや憮然を通り越し、不機嫌そのものだ。深く眉間に刻まれたしわのせいで、折角の美貌が台無しである。これでわしと三成の関係が、普通の肉体関係を結んだ主従ならば、主であるわしも、喘がせてその眉間のしわを取り除いてやろう、くらいの気持ちになれたかもしれない。しかし、普通でないのが、閨においては、主であるわしが部下たる三成に屈服する形になるということだった。最初に掛け違えた釦を直す気にもならず、好き勝手させているのだが、こういうときそんな状況が非常に悔やまれた。
 無論、三成の不機嫌を払拭する程度、わしには容易い。三成に接吻の一つでもして、目いっぱい気持ち良くさせてやれば良いのだ。別に、色事に持ち込まなくても良い。わしがただ優しくしてやるだけでも、三成には驚くほどの効果があった。だが、毎度毎度同じ対応で芸がないと思われるのも不服だ。
 さて、どうしたものかとわしが思い煩う間にも、三成は何らかの決心を固めたらしい。一度目を落としてから、ひたと、わしの隻眼を見据えた。
 「俺は茶など嫌いです。正直、無駄だと思っています。政宗様が国一つ分の茶器を壊して買い上げたときには、呆れるを通り越して殺意すら抱きました。」
 殺意、ときた。側近だからこそ許される明け透けな三成の言動に、わしは不謹慎に違いないのだが、おかしくなってきた。
 「それはすまなんだ。」
 「外つ国との貿易にしてもそうです。交易で利益を上げているからこそ良いものの、日ノ本での地盤を踏み固める前に熱中するなど、愚かにも等しい行為だと思っています。」
 「利益が出ているのならば、良いではないか。」
 「それは結果論でしょう。あちらにかぶれる殿のこと。利益が出るから交易をしているのではないことくらい、俺は承知です。」
 そうきっちり苦言を呈したところで、三成はわしに茶菓子を差し出した。わしは一瞬、それを、黄な粉を塗した餡だと思った。しかし、それにしては珍奇な形をしている。おそらく、南蛮の菓子であろう。怪訝に思い、三成へ視線を戻すと、三成は苦虫でも噛み潰したような顔で言い捨てた。
 「天下を手にしようとする殿に対して、俺に出来ることなどさしてありません。」
 「天下を手にする手助けをしてくれれば良い。島津攻め、期待しておるぞ。」
 見たこともない菓子を指先で摘み、ええいままよ、と口内に放り込んだわしの返答に、
 「俺は、当然のことをするまでです。当然のことをしたところで、何の意味も価値も見出せないでしょう。でも、俺は、政宗様に何かしたかった。」
 三成は悔しそうに唇を引き伸ばし、わしに問いかけた。
 「不甲斐ないですが、俺に差し出せるものは、俺の心一つです。それでも、受け取ってくれますか?」
 わしはその甘さに閉口してから、耐え切れず、噴出した。なるほど。三成が好まない茶席を開き、気に食わない南蛮の菓子を買い求めたのは、すべて、わしのためか。傷ついたのか、眼前では三成が唇を尖らせ、そっぽを向いている。わしは笑い声を立てながら、身を乗り出して、その赤く染まった頬に掌を添えた。
 「呆れるほど、愛い奴じゃのう。」
 「俺が愛い?馬鹿言わないでください。大体、政宗様にだけは言われたくありません。」
 そう可愛くないことを言う三成に、わしが、貴様もこの甘さを味わえと唇を重ねると、案の定、三成は己の贈った南蛮菓子の甘さに閉口したらしい。常ならぬ様子で口元を拭うので、その様がおかしくて、わしは今度こそ腹を抱えてけらけら笑った。
 そのせいで急下降した三成の機嫌を、わしが、芸がないといえる常套手段で払拭してやったのは、また別の話である。











初掲載 2009年2月14日