例えばこれが美女なら、政宗の方も悪い気はしない。甲斐甲斐しく尽くす様子に、いじらしい、と抱きしめてくる身体を抱き返しただろう。身分違いはあまり気にならない。太閤のお手付きなら流石に気が引けもするが、そうでないなら妾にするくらいの度量は自負している。それが妾なのは、正室はいつか良家から政略婚で迎えるから、という政治的配慮によるものだ。
しかし、現実はそこまで甘くない。認めがたいくらい、甘くなかった。美女?確かに眼前の者は美形ではあるが、悲しいかな、美女ではない。女ではないのだ、美女にはならない。これが問題だ。そう、男なのだ。現在政宗は男に抱きつかれ、扇で甲斐甲斐しく扇がれている。正直意味がわからない。
何故、自分は三成に扇で扇がれているのだろう。
暑さに意識が遠退く中で、政宗はぼんやり考えてみた。勿論、当然のように答えは出ない。思考も視界も、いっそ天晴れと膝を叩きたくなる程度には不良である。前者は暑さ、後者は三成が原因だ。抱きしめられていて、肩口の白しか見えない。
場所は九州、島津領のことだ。共に視察に来ていた三成に突然抱きすくめられて、政宗は思わず絶句した。それもそのはず、何の兆候もなかったからだ。これは嫌がらせか、はたまた策略か。流石の政宗も状況が正しく把握できずに、三成の反応を見ることもかねて、ただ「暑い。」と返してみた。暑さに鈍りきった頭では、巧い返しが思いつかなかった。
結果が、これだ。惨劇も惨劇、酷すぎる結果だ。部下や亡き父、島津の者にも到底見せられない。
第一、後頭部越しに風を送られても、あまり効果は望めない。抱きしめた上での行為なら、尚更だ。九州の気温に対してではなく、抱擁に対して、政宗は暑いと感想を告げたのだ。普通ここは退くだろうと遠い目をして、政宗は心中溜め息を吐いた。そもそも何故、自分は抱きつかれている。…謎だ。やはりわからない。
呼吸をするたび鼻先をくすぐるのは、柑橘系の良い香りだった。汗臭さなど微塵もない。この男は暑くはないのだろうか、と政宗は不思議に思い、冷血だから血も涙も汗もないのかもしれない、などと失礼極まりない感想を抱いた。そういう悪い噂を耳にする程しか、政宗は三成と親交がない。接触など皆無、これが初めてと言っても過言ではない。
それが、だから、何故このような状況に?
考えれば考えるほど頭がこんがらがってくる。元より、暑さでぼけた頭では考えたところで答えなど出ない。
目覚めたら事態が改善されていることを内心願いつつ、政宗は諦めて瞼を閉ざした。
くたりと政宗が眠りに落ちた後も、三成は抱きしめ仰ぎ続けていた。
初掲載 2008年1月15日