視界が回った。背中に衝撃が走り、圧迫されて息が詰まった。
突然の凶行にわしは犯人を睨みつけた。
「何じゃ、急に来るなり。」
腹の上が重い。
「成人した男を上に乗せる趣味はない。退かんか。」
余り強く言えない立場が恨めしい。それでもとりあえず、肘で上半身を起こせる限り起こした状態でそう言って、腹に座り込んだ男を後ろ足で蹴りつけると、三成は「何が不満なのだ。」と髪を掻き揚げて溜め息をこぼした。
不満。不満など数えれば切がないほど、沢山ある。関ヶ原で勝利してしまったこと、伊達からわしを取り上げたこと、わしから伊達を取り上げたこと。極めつけは、蟄居と称してわしを人質にとり、伊達を牽制していること。
いや、人質なのだろうかと不思議に思う。人質というにはあまりに甘やかされ、何が目的なのかわしにはわからない。わかりたくないとも、思っている。それは、余りにわしの理解の範疇を超えていた。
「贈った金糸雀はどうだ。」
腹から退きもせず、三成が問うた。重い。わしは諦めて背を畳につけた。
「良い声で啼くか?異国に興味を持つ政宗の無聊を慰めるのに良いだろうと左近が薦めてくれたのだ。風流だろう?向こうでも今流行り始めたばかりだぞ。イスパニアの所領の一つが原産地らしい。政宗はイスパニアに興味があっただろう?」
「イスパニア…かようなもの、わしはもう良い。要らぬ。お主に贈られる意味が、」
内心舌打ちして、言葉を終わらせた。答えを得たいとは思わなかった。
「――金糸雀ならばそこにおる。文机の上じゃ。」
三成が首をかしげた。
「籠から出したのか。」
「猫も居らぬし、入れる意味があるまい。あれは、風切羽が切られて、飛べぬ身であるし…、」
小さく、咽喉が鳴った。腹の上が重い。
「…籠から出しても問題あるまい。」
「そうか。」
退いてくれぬだろうかと期待を込めて、腹の上の三成に視線を向けたが、三成が退く気配はない。わしは強く瞼を瞑った。
三成は、重い。
「三成。もう、何も要らぬ。わしは何も欲しうない。贈物をされても困るのじゃ。」
わしにしては珍しい懇願に、三成が困惑した風に言った。
「しかし、俺は政宗に何か贈りたいのだ。」
重い、重い。もう耐え切れない。わしは三成に手を伸ばした。
鳥としての本分を忘れ、飛べぬ鳥などわしは欲しうない。貴様からものなど贈られとうない。貴様の声も、聞きとうない。
袂に縋って、わしは呻いた。
「…もう…、わしに、構わぬでくれ。」
声が震えた。
「政宗、」
何も聞きたくない。わしには重過ぎる。
「だが俺は、貴様のことを愛しているのだ。」
頼りなく落ちた手の甲に口付け、三成はそう言って悲しそうに笑んだ。
初掲載 2007年12月22日