関ヶ原で負けた伊達当主が石田に嫁入りしたのは、非常に有名な話だ。伊達政宗は男なのだから、はたして嫁入りと呼んで良いものなのか謎は残るが、実質は嫁入りなので嫁入りということにしておこう。
普通であれば止めるはずだが、誰も、それを止めなかった。西軍は天然ばかりなのだ。男同士で結婚という現象がおかしいことに気付かない。あるいは、気付いていても慶次や島津は止めようとしない。面白いからだ。
「これで山犬の不義が治るな!」
式での兼続の感想に、政宗は複雑な心境だった。
そもそも、伊達が東軍に味方した理由は、西軍総大将の石田三成から言い寄られていたからなのだ。そんな理由で部下が納得したのも微妙だが、伊達はそういう軍なのだ。しかし、同様に、西軍も曲者揃いでおかしかった。
(男で…男で白無垢って、どうなのじゃ!馬鹿めっ!)
祝杯を交わしながら、半泣きで政宗は思った。
その後の記憶は定かではない。現実逃避をしていたためだ。寝所で政宗は、石田家の嫁として何かあった場合には、と手渡された懐刀でいっそ三成を刺してやろうかと思ったが、賢明にも止めておいた。ここでやけっぱちになれるくらいなら、そもそも恥を晒してまで伊達の存続を図ったりしない。
ともかく、そうして二人が結ばれ、それから1年が経ったある日のこと。
「春日山に行った際に、密通したようなのだ。」
訪問早々苦々しげに放たれた三成の言葉に、幸村はきょとんとして三成を見た。突然の話に正直ついていけなかった。
「あの…?何の話ですか?」
春日山というからには、徳川残党とではなく上杉相手なのだろう。そうなると謀反のための密通ではなさそうだ。しかし、だからこそ幸村は解せずに首をかしげた。
「春日山で、密通…?」
「兼続と政宗だ。一時たりとも離れたくないといえど、連れて行くべきではなかったな。」
「かっ…?!そんな!犬猿の仲と有名ではありませんか!」
それとも、政宗が石田に嫁いだことで二人の関係も変わったのだろうか。普段ののほほんとした沈着振りを捨て去って呆気に取られる幸村に、三成が眉間のしわを深めた。
「俺があれだけ可愛がってやっているというのに。よく、あんな不義が犯せたものだ。」
「そ…それは…。何と言って良いかわかりませんが…。」
三成が政宗を、それが若干一般の愛情とはずれているとはいえ、溺愛しているのは有名な話だ。嫁にするため突き進んだ結果、豊臣の天下がくっついてきたと言っても過言ではない。そして同様に、三成が兼続と親友であるのもこれまた有名な話だった。
その、最愛の妻(?)と親友が姦通とは、幸村の想像を絶する事態だ。
「気がついたら腹が膨らんでいてな。最初は肥満かと思ったが、とうとうこの前子を生んだ。政宗は茶…あれは黒いから、明らかに兼続の子だろう。最初は何が起こったのか、誰の子なのかわからなかったが…。そういえばということで、今更、左近が、あいつらが人目につかない場所で仲が良さそうに寄り添っているのを見たと言い出したのだ。さっさと進言していれば阻めたものを…。」
「しゅ、出産ですか?!」
しかし、兼続なら男でも孕ませられそうだと思わせるものがある。やつなら出来る。そう思うのは、幸村だけのせいではない。
幸村が呆然としていると、そこへ、左近と政宗がやって来た。幸村が来たので、左近は政宗を呼びに行っていたのだ。
ただならぬ幸村の様子に気付いて、政宗が眉をひそめてから三成へ顔を向けた。
「…大事な話ならば、わしは席を外すが。」
「別に良い。政宗のことを話していたのだ。…そういえば左近、里子に出した政宗の子は元気か。」
「ああ、殿。元気ですよ。最初は泣かれてばかりでしたが、最近ようやく懐いてくれまして。可愛いですね。」
その返答に、三成が僅かに頬を緩めた。
「そうか。まあ、政宗の血を引くのだ。兼続の子でもあるのが不本意だが…、可愛いのは当然だろう。」
「あー。政宗も可愛いですもんねえ。」
「貴様が呼び捨てにするな、不愉快だ。」
「…って言っても、じゃあ何て呼べば良いんですか。殿があの名前をつけたんでしょう。」
三成が名付けたという話が出て、ようやく幸村は何かがおかしいことに気付いた。
政宗が苛立ちを隠さず、三成に向かって吐き捨てた。
「わしの名前を勝手に使うでないわ。良い迷惑じゃ。これは偉大なる中興の祖の名前じゃぞ!」
「って言っても、飼っているのは政宗さんが来る前からのことですしね。」
「あ、あの…。」
そっと、幸村が居心地悪そうに問いを口にした。
「あの、何の話をしていらっしゃるのでしょう…?」
不義を働いた政宗、ここではわかりにくいのでマサムネにするが、マサムネが三成によって飼われ始めたのはもう数年前のことになる。マサムネは明るい茶色の毛並みが美しい、蝶よ花よと育てられた箱入り娘で、当然のように三成が政宗に似ているという理由で飼い始めた「犬」である。三成が猫かわいがりして育てたために、かなり我が儘に育ってしまった。
そして、政宗が嫁入りしてから、子供が出来ないならとなおいっそう可愛がられて、今では手の付けようがない我が儘娘になっている。それでも「山犬」の威厳がそうさせるのか、政宗に対しては謙虚な犬だ。
そもそも、三成が想い人の名前を付けた動物を飼おうとしたのは、上杉当主の景勝が兼続、これもわかりにくいのでカネツグにするが、景勝がカネツグという犬を飼っていることに端を発する。カネツグは黒い毛並みの大型犬だ。主に忠実で、猟の際にも活躍している。自分の腹心の名前を犬に名付ける辺り、景勝に茶目っ気を感じるというよりむしろ上杉内部の仲を疑いたくなる。謙信の死後に、後継者争いで御館の乱などあったりするので、案外、上杉は仲が悪いのかもしれない。
ともかく、その二匹は仲が悪かった。マサムネが主を振り回すような犬で、対して、カネツグが生真面目だったからだろう。
それがどうしたことか、気がつけば主の目を盗んで愛を育んでいたようで、先日子が6匹も生まれた。
「…貴様、どういう話の進め方をしたのじゃ。マサムネとカネツグが飼い犬のことだときちんと説明したのであろうな。」
入室直後の幸村の硬直具合と今の目の前のほっとした様子に、政宗が思わず低く唸った。
「知っているだろう。なあ、幸村。」
「え、あ、その。」
知りません、とは非常に言い出しにくい雰囲気だ。扇子を広げてこちらを見る三成と、幸村のどもりに更に目付きを鋭くした政宗に挟まれ、幸村はぎこちない笑みを浮かべた。前門に虎を拒ぎ後門に狼を進む、という諺が脳裏を過ぎったが、前門の虎がそもそも防げていない。
「……旦那さまと内密にお話がありますので、折角のお越しですが、お借りしても宜しいでしょうか。」
三つ指着いてにこりと花のような笑みで乞われれば、幸村にはもう何にも言えない。人前で恥ずかしいぞと照れたように応じる三成は明らかに状況をわかっていないまま、政宗に腕を取られ奥へと消えた。
左近が苦笑して、頬を掻いた。
「あーあ。今日はもう無理だな。明日、出直すかい?」
「そ、そうですね…。では、見舞い品を持って。」
「普請が大変だっていうのに…殿も懲りないな。ま、暇なんだ。どうせなら二人で呑まないか。」
「そうですね。」
現実を避けて、二人は部屋を出て行った。
背後で大きな怒声がしていた。
初掲載 2007年12月12日