溺れる者たち


 ふざけているのかと正直思う。いや、絶対ふざけているのだ。そうでなければ納得できない。心の内が読めないにもほどがありすぎる。
 三成から政宗への贈物は、大抵、女子どもを対象とした代物だった。
 信玄餅、餡蜜、団子、金平糖といった甘味から、着物に帯。そういえば、人形を贈られたときもあった。人形といっても姫君が遊ぶのに使うような可愛らしいお雛さまだ。またあるときは誰かの入れ知恵で、政宗が海外に関心があるのだと知ったらしく、硝子細工や刺繍や十字架と共に、豪奢なあちら風の着物やそれを纏った人形を貰ったこともあった。
 一体わしにどうしろというのだと、正直、反応に困った。当り散らす時期を逃したのも今にしてみれば悪かった。初めは嫌がらせかと思っていたので放置していた。そして次第に増えていく贈物に流石の政宗もいぶかしんだ頃、それが恋慕ゆえだと知らされた。驚天動地の新事実だ。思わず政宗は三日寝込んだ。


 そして今回送られた、玉が散りばめられた花の簪。色は桃。
 政宗は女ではないし、髪も短いし、花柄という趣味でもない。ふざけているのかと思いながら、三成の髪を手ずから梳り、政宗は朱色の紐で縛った。元々器用な部類なので、初めてにしてはそれほど悪い出来栄えではなかった。
 「良し、完成じゃ。流石わし。」
 自分で自分の腕を褒めて三成に鏡を差し出すと、三成は戸惑うように首をかしげた。
 「それで、政宗の見立て通り、これは俺に似合っているのか?」
 「無論じゃ。わしの見立てが悪いはずがなかろう。」
 むしろ意外なほど似合っていて、正直、三成の貞操を危ぶんでしまう。もっとも三成の身分からすれば、三成が自ら誘わない限りそれはないだろうが、紅でも差せば秀吉もだまされ口説きそうだ。白い項に垂れるほつれ毛が妙に艶かしい。
 「しかしこれは政宗に贈った簪なのだが…。」
 少し言いかけはしたものの三成はそれ以上不平を洩らさず、政宗は満足して頷いた。
 そのとき単に政宗は、自分がされて嫌なことを人にするのは止めるのじゃな、と三成に実地で教えたかっただけなのだ。三成が女扱いされるのを本気で嫌がっている事実は、当然政宗は知っていた。城では有名な話だ。


 だから、政宗が手ずからやってくれたのだと太閤夫妻に嬉しそうに報告している三成の嬉しそうな姿を見かけ、政宗は言葉を失った。あまりに驚いたものだから思わずよろめいて階段を転げ落ち、そのまま池に落ちて恥を晒した。中々のうかつっぷりだ。
 水を吸って重たくなった着物に身体を取られ半ば溺れながら陸へ上がると、三成が駆けて来るところだった。
 諦めて、政宗は嘆息した。正直物凄く頭が痛い。あんな髪を結って簪を挿しているのが、天下の石田治部少輔なのか。恋が男を馬鹿にする説は、三成に限っては本当らしい。
 頭の上から水草を払い除け、政宗は寒さにくしゃみをした。また三日ほど寝込みそうである。











初掲載 2007年11月11日