火と水   R18


 「火と水は相容れぬものではないよ。火と水があってはじめてものが煮えるのだ。政宗も兼続も、互いに協力して、火と水のように仕事を進めるんじゃよ。」
 「否!義と不義は相容れぬ!」
 「馬鹿め!兼続なぞと仲良くできるか!」
 「やんちゃな子たちじゃのう。」


 その晩、政宗が、交易で手に入れた南蛮渡来の葡萄酒を真っ先に天敵兼続に披露しに行ったのは、先日大判で虚仮下ろされたせいだった。政宗はあれほど素晴らしい代物を理解出来ない兼続を哀れに思うと同時に、無碍に刎ねつけられたに対して怒りを覚えていた。また、主君信玄に窘められた際は、先に兼続に否定されたこともあり、頭に血が上って同じく否定してしまったが、信玄の言葉はもっともである。それゆえ、少しは歩み寄ってやろうと思ったこともあり、政宗は兼続の宅を訪れたのだった。
 兼続はそんな政宗の胸中も知らず、ただ夜半に訪れたことにのみ文句を垂れた。その時点で、政宗は些か頭に来たのだが、己の血気盛んさを宥めるように小さく被りを振って、無理矢理兼続宅へ押し入った。政宗は、わざわざ胸糞悪い思いをするために、此処へやって来たわけではないのだ。今、引き返すのは負けだ。大体、こちらはやっと手に入った渡来品を分けてやるのだ、文句を言われる筋合いはない。そのような驕りが少なからず政宗の念頭にあったことは否めない。
 初めはそれでも、それなり、だった。兼続は呆れ返りながらも、まさか自身より高位の将を追い返すわけにはいかないので、政宗を受け入れざるをえず、政宗も、してやっている、という上から目線で事態を捉えていたので、多少兼続の口が過ぎようとも受け流してやる余裕があった。
 事態が些か緊迫してきたのは、政宗が押し掛けて半刻ほど経ってからのことだろうか。政宗が酔っ払ったのだ。
 政宗は決して下戸というわけではないが、不慣れで度数も高い酒を煽ったために、常より早く酔いが回っていた。しかし、普段であれば、高揚して良い気分になりこそすれ、それでどうこういうこともない。政宗は多少絡み酒の傾向にあったが、曲がりなりにも大名家の当主だ、絡んで良い相手とそれ以外の区別程度つく。だが、相手が兼続というのが悪かった。
 謙信に付き合わされて酒を嗜むこと甚だしい兼続は、政宗と異なり、底なしの笊である。異国の酒を一本空けた程度で、酔いが回るわけでもない。初めこそ、政宗も水を差すことばかり言う兼続への反感を努めて考えまいとしていたのだが、次第に苦言めいてくると頭に来てしまった。一つ、頬でも張ってやろうかと出そうになる手を制し、睨みつける政宗を、兼続はおかしそうに眺めている。その眼差しの奥で翳る欲を見止め、政宗は怪訝そうに眉をひそめた。だが、酒精に鈍る頭は、そんな気付いた事実さえ押し流し消してゆく。
 ついと兼続の手が伸ばされて、政宗の出かけた手の上に重ねられた。
 「熱いな…呑みすぎだろう。それでは味の良し悪しも分かるまい、折角の高い酒が勿体無いではないか!不義だ!」
 「良い酒で酔えん貴様に出す方が勿体無いわ、馬鹿め!」
 政宗は眉根を寄せて、兼続の手を振り払った。その手はぞくりと背筋に悪寒が走るほど、冷たかった。まるで、氷のようだ。政宗の元々高い体温が、酒を煽ったことで更に高まっているから、尚更そう感じるのだろうか。
 それとも、これは、恐怖だろうか。
 兼続如きに気圧された事実が、じわじわと腑を焦がす。政宗は怒りを堪える努力を放棄した。元々、売られた喧嘩は遺憾なく買う主義だ。
 「わしが間違っておった。たといいくら信玄公が何を仰ろうと、貴様のような者とわしとでは釣り合いが取れんわ、馬鹿め。何が、水、じゃ。阿呆らしい。」
 半ば自らに言い聞かせるようになってしまった発言に、政宗は内心舌打ちをした。今朝方のことと言い、まるで、兼続に拒まれて傷ついておるようではないか。意気消沈する内面とは裏腹に、口から吐いて出る雑言は常の勢いを保ち、兼続に噛み付く。
 「糞つまらん冷め切った面しおって。普段の空元気が嘘のようじゃな。」
 苛立ちのままひらりと手を振り立ち上がろうとする。その腕を掴み、兼続が引き止めた。
 「それは、貴様に全面的に非がある。政宗、貴様が勝手に腹を立てておるだけだろう。不義は貴様の方だ。」
 整った面に幾分の苛立ちを滲ませて、兼続が淡々とした口調で吐き捨てる。更に怒りを煽られて、無礼な腕を振り払おうとした政宗の行動を抑制したのは、兼続の台詞だった。
 「…とはいえ、確かに、信玄公の仰ったことは叶いそうにないな。そもそも山犬如きに、私が熱くなるとも思えないが。」
 如き。その言葉がどれほどの破壊力をもって政宗の耳に届いたことか。お情けでわざわざしてやっている、と上から目線で事態を捉えていた政宗にとって、兼続の暴言は無礼を通り越して最早挑戦だった。
 「ならば、わし直々に貴様を熱くしてやる。後で吠え面かくなよ。」
 早い回転を誇る頭は、今宵ばかりは酒精のせいで鈍らされている。兼続の策に踊らされて判断を誤るのは、実に、容易いことだった。


 このときばかりは、躊躇いや反発よりも、怒りの方が勝っていた。
 下穿きから抜き出した雄に手を添え、口内に含む。兼続のものは、政宗のものより一回りほど大きい。それに必死に舌を這わせながら、政宗は胸中怒りを募らせていた。何故、天は斯様な顔だけの男にこれほど立派な代物を与えたのか。意識して自らのものと比較しないようにするため、政宗はぎゅっと瞼を閉ざした。次期天下人の下、厚遇されている己が、下位に属する男に奉仕している事実を認め難く思ったせいでもある。
 さっさと終わらせてしまいたいという思いもあって、政宗は添わせていた手で性急に兼続を扱いた。同じ男ならば、という判断から自分の良いところを摩ると、呆気なく質量を増す。口内に広がる苦味を呑みたくない一心から垂れるばかりの涎と、滲み出る精液で、しとどに濡れたそれは良く滑った。
 目を閉ざしているため、政宗が感じるのは口内で膨らむそれと苦味、ぬめりべたつく指先、奇妙に腹の底で疼き始めた欲情だ。兼続相手に欲情などと、嗤ってしまう。それを否定するように躍起になって尽くしていると、先端で口蓋をくすぐられ、意図せず、甘い吐息が漏れ出た。その失態を否定しようと尚更自棄になるたび、政宗の中の疼きは広がり、渇き切ったものとなった。何故か、兼続のそれが弱いところに当たりすぎるのだ。政宗は薄っすら目を開けて、兼続を睨んだ。まさか、犬猿の仲である兼続がそのような真似を自分相手にするとも思えないが、しかし、自分が無意識のうちに快楽を拾おうと弱いところの当てているという衝撃の事実も御免被る。政宗は溜め息を口内で殺すと、再び、兼続の雄に舌を這わせた。
 四半刻も経っただろうか。
 「……。」
 政宗も流石に焦れて、唇を離し、手の甲で拭った。
 「貴様…不能なのではあるまいな?」
 苦味を感じ続けた舌は痺れ、咥え続けた顎は疲弊しきっている。だのに、兼続のそれは高々とそそり立ったまま、放たれる気配も無い。うんざりとした口調でこぼす政宗に、兼続がわざとらしく嘆いた。
 「まったく…貴様が下手なのだ。」
 「何を…っ!」
 奉仕してやっているのにまだ言うか、と立ち上がりかけた政宗の下穿きに、するりと、兼続の掌が滑り込んできた。予告もなしにぎゅっと握られ、思わず、呻き声と共に座り込んでしまった政宗の反応を楽しむように、兼続の冷たい指の腹が先端を嬲る。
 「ふあ、って止めん、っ…!」
 幹を摩られ、乱暴に爪を立てられるに至って、政宗は実に呆気なく達してしまった。この体たらくを前に、政宗は羞恥から眦を赤く染め上げて、兼続に詰め寄った。
 「き、貴様ずるいぞっ!」
 「何を言う。政宗、貴様が下手だから私が見本を示してやっただけではないか。…とは言え、口淫を用いても満足させることの出来ぬ山犬に、見本を提示してやったからといって、何が出来るとも思えんがな。」
 そう言って放たれた白濁を懐紙で拭い取っていた兼続は、不意に、わざとらしく微笑んでみせた。
 「犬なら犬らしく、尾でも振って媚びてみたら如何だ?」
 この嘲りは、効いた。
 政宗は怒りにわなわなと身を震わせて、何を言うでもなく、兼続のことを睨みつけていた。だが、いっこう気にした風もなく、兼続が嘆息してみせる。
 「私も不能という嫌疑をかけられたまま、終えるわけにはいかぬし…伊達殿も、寝技が下手などと噂を立てられたくありますまい。」
 一体どのような状況下でどのように喧伝するものか、政宗には見当もつかないが、こう見えて兼続は優れた参謀である。伊達当主が閨での作法に疎いと広めるくらい、朝飯前だろう。一瞬にして顔を青くした政宗を押し倒し、兼続が袂に手を差し入れた。
 「証明するのに、今しばらく、付き合ってもらおうか。」
 政宗が己の浅はかさを呪ったのは、言うまでも無い。


 それから、一週間後。
 「政宗も兼続も、互いに協力して、火と水のように仕事を進めるんじゃよ。」
 「馬鹿め!絶対に嫌じゃ!断固として断るわ、馬鹿めっ!」
 そう言って立ち上がるなり半泣きで脱兎の如く逃げ去った政宗を、信玄は不思議そうに見送ってしまった。意味が分からなかったのだ。その信玄を安堵させるように、退室を願い出た兼続が胸を張って答えた。
 「信玄公、山犬の不義は必ずやこの兼続が正してご覧にいれましょう!」
 間をおかず、どたばたと追いかける音がする。
 「…やんちゃな子たちじゃのう。」
 何故か宣言されたことでかえって不安の増した信玄は、かといって自分にまで飛び火するのは勘弁願いたいので、仮面の下、苦笑をこぼしながら部下たちの親交を見守ることにした。
 その日、城内には、追い回された政宗が兼続相手にビームを放つ音が轟いた。











初掲載 2009年9月22日