照りつける太陽は黄金色に輝き、生い茂った草木は腹立たしいほど生き生きしている。強い日差しに耐えかねて、政宗は頭を指で押さえた。酷い眩暈がしたのは決して気のせいではなかった。感じる頭痛も気のせいではない。気のせいならどれほど良かったか。試しに頬を抓ってみると、認めたくないが痛かった。
何故こんなことになったのだろう。政宗はそう思っていた。
事の発端は酒の席だった。たぶん、喧嘩していたのだと思う。相手は無論犬猿の仲、直江兼続、その人である。不倶戴天の兼続の揶揄に、政宗が噛み付いたのが原因だ。周囲も喧嘩していたと言うし、政宗の記憶が違えているのでは、おそらく、ない。
売り言葉に買い言葉だった。怖いのだろう、そんなことを兼続に告げられ、政宗はかっと赤くなり吠えた。いきり立っていたのだと思う。怒りに前が見えなかった。兼続相手には良くあることだ。
「そんなわけなかろう!わしに怖いものなどない!」
政宗の怒鳴り声に慌てる風もなく、隣に座った孫市はからから慶次と笑っていた。他愛もない、気にするのも面倒臭いいつもの喧嘩だ。仲裁しても意味はない。孫市はそれをよく知っていた。酒の肴にされている事実は政宗も一応知ってはいたが、そんな事実も兼続の前では褪せて見えた。勿論、兼続に対する怒りに、である。
実際のところ、政宗にだとて怖いものの一つや二つありはした。例えば、家の断絶や部下の喪失、母にこれ以上厭われるのも嫌だった。とはいえ状況は酒の席での無粋な喧嘩、そのような胸の内を話すつもりはさらさらなかった。
兼続は政宗の発言に面白そうに口端を挙げて、嘲笑のような笑みを浮かべた。
「そのようなことを言ったところで、山犬のことだ。実際は逃げ去るのがおちだろう。」
「!そんなわけあるか!」
「なら結婚するか。」
「望むところじゃ!」
何かおかしかった兼続の発言に気付いたのは、しばらく経ってからのことだった。静まり返った周囲の様子に首を傾げて、政宗は酔いの回った頭でゆっくり順繰りに兼続との応酬を検討した。実際は逃げ去るのがおちだろう。そんなわけあるか。なら結婚するか。
「ん?」
政宗は睫毛を瞬かせ、兼続の方へ面を向けた。酒精のせいで未だ頭は鈍い。
「山城。」
「何だ、山犬。」
「貴様、何と言った。」
決闘の間違いであればと内心願いつつ問うと、兼続は眉をひそめて答えた。
「山犬、犬なのに頭は鳥なのか。」
「違うわ!何か聞き間違いでも、」
「何がだ?」
「貴様は何を提示した!」
呆れたように肩を竦めて兼続が再び噛んで含めるようにゆっくりと告げたその台詞に、政宗は大きく目を見開いた。一気に酔いが冷めた心地だ。
「結婚…?誰が。」
「望むところだと言っただろう。自分の発言も覚えていないのか。山犬と私だ。」
「…は?」
そのまま政宗は卒倒した。孫市が慌てて手を差し伸べてくれたような気もするが、定かではない。とりあえずこれが夢なら覚めろ。政宗は強くそれを願った。
夢ではないので、覚めなかった。
翌日、面白いこと大好きな秀吉に、男同士で強い勢力を誇る者同士の結縁であるにもかかわらず結婚を承認されてしまい、現在に至るわけである。現在、政宗と兼続が何処にいるのかといえば、四国だ。いずれも北の生まれである。そういうわけで、新婚旅行は南になった。
正直、来たくなかった。
大坂を出る際、青ざめ強張った顔の政宗を見やり、ねねは兼続にこう言った。
「兼続。幾ら自分の奥さんだからって、無理強いはしちゃ駄目だからね。ちゃんと了承を取ってから夫婦の営みはするんだよ。」
そんなことをするつもりは政宗には毛頭ないし、というかその前に結婚を破棄させてくれと言いたかったが、はっきりきっぱり了承した兼続に引き摺られ、船に乗り、気付けば四国だ。案外近いものだと現実逃避をしつつ政宗は、いっそこの海の藻屑になりたいと思った。暗く険しい北の海とは違う、青緑の美しい透き通るような明るい海に果てしなく広がる水色の空。ここで永眠するのも良いかもしれない。ふらふら海へ歩き出した政宗の肩を掴んで引き止めたのは、地元武将の元親だった。何でも兼続と政宗を折角四国に来たのだからと、接待してくれるそうである。もしかしたら元親が招待したので、兼続は行き先を四国へ定めたのかもしれない。どちらにしても余計なお世話だ。
元親はゆるゆる首を左右へ振った。政宗はもう泣き出したかった。許されるなら、何処か強く憧憬を感じさせる元親の胸にしがみついて、わんわん切りなく泣いていたかった。しかしそれは伊達男の矜持が政宗に実行を止めさせた。
なんでこんなことになったのか、政宗は未だにわからなかった。
初掲載 2007年10月13日