兼政で8のお題、三「約三寸」


 「小さい。」
 兼続の突然の台詞に、政宗は顔をしかめた。突然人を捕まえ、仔細隈なく眺めたと思ったらこの台詞だ。何様のつもりなのか尋ねようとして、寸前、政宗はどうにか言葉を飲み込んだ。問うまでもない、愚問である。兼続は殿様だ。政宗は兼続の国に破れ、現在、降将として仕えている身分だった。
 「栄養はちゃんと取っているのか。」
 「…それはもう、直江様が良く致してくださいまするゆえ、十分すぎるほど。」
 「では生来のものか。この小ささは。」
 不慣れな敬語で返した政宗の頭を、ぽんと小さく兼続が叩いた。
 「ふむ。」
 しげしげと掌で抑えた政宗の頭と兼続自身の目線とを比べ、憶測を告げる。
 「およそ三寸、と言ったところか。」
 「はあ。…身長差でございますか?」
 「そうだ。」
 政宗はそろそろ手を退けてくれないものか、と兼続を上目遣いに眺めた。手さえなくなれば、あとは何でも適当に言ってこの場を去ることができようというものだ。
 政宗の思惑など知らず、兼続は溜め息を吐いた。
 「やはり小さすぎる。」
 このでかぶつめ、貴様が無闇にでかいだけであろう。政宗は心中で吐き捨てた。第一、何をそれほどまでに人が内心気にしている事実を繰り返す必要があるのか。元々気の長いほうでもない。政宗は兼続を睨みつけ、言った。
 「しかし私の体躯の小ささなど、直江様には関係なき事柄かと存じますが。」
 「そうでもない。」
 「それは、何ゆえ?」
 尋ねなければ良かった。政宗は後にこのことを、何にもまして悔やむことになる。
 兼続は至極残念そうに頭を振り、真面目な顔で答えた。
 「三寸では、口づけるには遠すぎる。屈みこまねばなるまい。」
 一瞬虚をつかれ言葉につまる政宗に、兼続は小さく笑い屈みこんだ。
 「このようにな。」
 一瞬触れた熱。
 それが何なのか認識する暇すら置かず最後の言葉が告げられるに至り、政宗はとうとう手をあげた。
 「あるいは、足立ちしてもらうしかあるまい。」
 その日の午後、兼続の心底面白そうな笑い声が城内に響き渡った。どたばたと柄にもなく走り去っていく政宗に、はてと客将の幸村は首を傾げた。そして眼前にも、柄にもなく声を立て笑い続ける領主が一人。
 その頬には、見事な紅葉が印されていた。











初掲載 2007年5月25日
兼政同盟さま