都々逸、二十二「君は野に咲くあざみの花よ 見ればやさしや寄れば刺す」


 兼続の記憶している限りでは、兼続と政宗のどちらが先に相手を嫌い始めたのかは不明である。もしかしたら兼続が不用意に政宗の逆鱗に触れたのかもしれないし、政宗が例の勝気な発言で兼続を挑発したのかもしれない。どちらにせよ些細なことがきっかけだろう、とは慶次の言である。何はともあれ気付いたときには、兼続と政宗は、犬猿の仲と称されるほど立派に(それがはたして「立派」というくくりで呼ばれるべきならば、だが。)互いを毛嫌いしあっていて、そこに悪感情はあれど、好感情の類は一切なかった。何しろ、顔を見ただけで顔を顰めるほど毛嫌いしあっていたので。人々の中には嫌っていても、その人物の良い点を素直に認めることのできる人種もいて、例えばそれは慶次や幸村などなのだけれども、残念ながら、兼続や政宗は変な所で潔癖だったのでそうはならなかった。
 なので、兼続が政宗の笑顔というものを初めて見たのは、実は、こちらの世界に来てからのことなのだ。そのときの政宗は、確か兼続の記憶違いでなければ遠呂智軍から蜀に降ったばかりだったと思うのだけれど、本当に今思い出してもはっとするほどの笑顔だったのである。正直、兼続は腹が立った。何に対して腹が立ったのかはわからない。政宗の談笑相手の幸村に対してかもしれないし、かつての世界で兼続同様敵だった幸村に笑顔を見せている政宗に対してかもしれない。それは俗に言う嫉妬というやつなので違うに違いないと兼続は信じていたが、では何に腹を立てたのかと尋ねられれば、おそらくつい先日まで遠呂智軍に与していたことも忘れてのほほんとしている政宗に対して、と、言葉を濁すしかなかった。
 それらがどうやら全部間違っていたらしいと気付かされたのは、つい先日のことだ。
 政宗のあの笑顔を思い出すだけで敵だった昔以上に胸がむかつくので、きっと当時以上に嫌いになったのだろうと見解を得た兼続は、嫌で嫌でたまらなかったが用事があったので関平を伴って蜀に訪れた。その際、やはり胸をつかれるような眩しい笑顔の政宗を鍛錬場に見つけた。むやみやたらとまた腹が立ったのでその場は見かけなかったことにして通りすぎようとしたのだけれど、関平は共にいる女性と面識があるらしく(訊けば幼なじみとのことだった。)鍛錬場に行きたがる。仕方がないので、兼続もしぶしぶ鍛錬場に向かうこととなった。どうやらからかいからかわれ、星彩と名乗った女性と持ちつ持たれつの関係を築いているらしい政宗は、兼続の顔を見るなり途端に眉間にしわを寄せた。それはいつも通りの展開であったのに兼続は無性に腹が立って、どうして自分では政宗を笑わせてあげることができないのだろう、なぜ自分はこの笑顔を知らなかったのだろう、と思った。そう思った途端、兼続は、ようは自分が腹を立てていたのは自分自身であったことを悟らされたわけで、さてどうしたものかと頭を悩ませることになる。何しろ、どちらが原因かは定かではないけれど今まで散々罵りけなし毛嫌いしあってきた政宗に、まさか、急に態度を変えるわけにもいかない。流石に兼続も馬鹿ではないので、その頃には自分が欲しいのは政宗の笑顔だけでないことをちゃんと承知していた。そうであるがゆえに尚更、態度を決めかねるのである。
 そういうわけで、今日も、距離的には手を伸ばせば届く位置にある笑顔の政宗を、兼続は望みながらも近寄りがたく思うのだ。











初掲載 2007年4月9日
モノカキさんに都々逸五十五のお題さま