「ちょっといい気になってんじゃねえか?」
3年だからといって外部受験をするわけでもなく、学校のエスカレーターに甘んじることにした跡部と宍戸は、テニス部の自主練習後、茜空の下を二人並んで歩いていた。
そんな中で腹立ち紛れに絞り出した声は想像以上に固く、跡部はそんな声を出してしまった自分にうんざりした。これでは、感情が丸見えだ。情けないことこの上ない。実際、跡部のこの言葉を耳にした宍戸は目を丸くして、その拍子に腕の紙袋から落ちそうになった贈物を慌てて押し戻していた。
冷たい見た目に反してその実面倒見がとてもいい宍戸は、元レギュラーメンバーで一番後輩に人気があった。誕生日ともなれば、その贈物の数は半端ない。宍戸は同性の後輩よりも跡部や忍足のように女子からの贈物の方が欲しいというが、その言葉とは裏腹に表情も声も柔らかい。それが尚更後輩からの信頼を勝ち得ることになるのだが、それと反比例するように、ますます跡部の機嫌は低迷していくのだった。
しかし当然そんな跡部の胸中を知らない宍戸は、呆れたような疑うような、そして跡部にとっては腹が立つことにからかうような声で告げた。
「何。跡部、嫉妬してんのかよ?」
まるで信じられないという風な声に、その通りだよ悪ィかテメエ俺様と何年付き合ってんだよと内心跡部は舌打ちをした。しかし、それを素直に口に出せる跡部でもない。跡部は物凄くプライドが高いのだ。自然、零れた台詞は刺々しいものになってしまった。
「ダブルスだかなんだか知らねえが、テメエは鳳と仲良すぎんだよ。」
「しょうがねえだろ。仲悪いダブルスなんて聞いたことねえし。」
「ハッ!それを免罪符にしてんじゃねえよ。」
その言葉に宍戸は眉をひそめると、眉間にしわを寄せじっと跡部のことを見つめた。
宍戸のそんな様子に、跡部はますます自分に対して苛立ちを感じた。年に一回きりの、折角の宍戸の誕生日なのだ。優しくしてやりたいとは思っても、機嫌を悪くさせたいわけではない。それでも、素直になれない跡部は宍戸に対して憎まれ口ばかり叩いてしまう。なんでいつもこうなのだろうと次第に鬱々とし始めた跡部の顔を、急に、宍戸が覗き込んでにんまり笑った。身分は違うが幼なじみ、伊達に付き合いが長いわけではないのだ。宍戸も跡部のへそ曲がりは、嫌というほど承知していた。
「じゃあ、跡部が俺とやるか?ダブルス。」
「…馬鹿言うな。誰がテメエと。」
思いがけない提案に減らず口で返すと、宍戸は肩を竦めて身を引いた。ふわりと一瞬、頬の辺りまで伸びた髪が風に舞った。
「ま、な。俺も跡部とは絶対嫌だ。」
すぐさま返された答えに跡部が身を硬くしたのも束の間、宍戸はひそりと、まるで二人だけの秘密だとでもいうように笑った。鳳や日吉の手前か、普段は少しつんと澄ました顔でいる宍戸にしては子供っぽい、年相応の笑みだった。思わずどきりとする跡部に、宍戸は言った。
「俺、跡部とは競い合っていきたいし、支えあうよりはセッサタクマしていきたいし?これからもずっと俺の目標でいてくれよ。」
それがあまりにも自明の理のような顔で告げるものだから、跡部は一気に浮上した機嫌に俺様も安い男だなと思いながら、偉そうに腕を組んで鼻を鳴らした。
「誰にものを言ってやがる。俺様は誰だ。」
「アトベサマ、だろ。」
おかしそうに宍戸が忍び笑いを洩らした。
その秋風に撫ぜられる髪は、まだ元の長さには戻っていない。それでもこの長さに伸びたのなら上々かと思いながら、跡部はその髪を一房取り、わけがわからず再び目を丸くした宍戸に、今度は心情が読まれたからではないのだと得意げになって人の悪い笑みを浮かべた。
「テメエも後ろ、ちゃんとしっかりついてこいよ。俺は待っててやらねえからな。」
そうして掴んだ髪で引き寄せて無理矢理噛み付くように口づけると、宍戸に思い切り脛を蹴られた。
「TPO考えろっ!」
「じゃあ、TPOを考慮して後で俺の家に来いよ。明日は土曜だしな。ちょうどいいじゃねえか。」
跡部は忘れていた。毎年、幼なじみ仲間の芥川も、宍戸の誕生日を祝いに跡部の家に来るのだ。そんな当たり前のことを忘れている跡部の様子に宍戸が首をかしげ、それから、そんなことも失念してしまうくらい恋に浮かれている跡部の胸中を察して目を見開き絶句するのは、あと5秒後。
指摘した方もされた方も、頬は茜空に負けないくらい赤かった。
初掲載 2007年9月29日