Mellow amber / Do As Infinity


 鳳は人の居ないテニスコートで流れる雲を見つめていた。水色の空に悠々と伸びていく雲は、どこか眩しい。太陽の光を反射しているのだろうか。光る白さに、思わず鳳は目を細めた。
 日差しは秋だというのに相変わらず強く、鳳は熱を帯び始めた肌を大きな掌でさすった。異国の母譲りの肌は日差しに弱く、すぐに赤くなってしまう。いつになればこの日差しが弱まるのかと思う一方、ずっとこのままであって欲しいとも思う。
 まだ、まだ夏でいられる気がしたから。
 しかし実際は、好きな人の真似をして捲り上げたTシャツから覗いた、日焼け止めを塗り忘れた肩に残った日焼けしか夏の余韻を残してはいない。夏はもう、終わったのだ。三年生は引退し、夏が終わり、そして新学期になった。
 過ぎ去ってしまった日々を思い、鳳は唇を噛み締めた。時間はあまりにも尊く、儚い。それが歯痒かった。
 夏が終わることは一つの区切りであり、また終わりでもあった。ずっと傍に居たいと願って、そのために好きな先輩すら裏切って、それでもまだ諦めきれない。自分達はあそこで終わったのではないと、いつも思う。思いはするけれど、現実は厳しく鳳に圧し掛かり、閉じた瞼を無理矢理開かせた。自分達が敗北し、夏が、いや、夏が象徴する、最後の戦いが。終わったのは事実なのだ。そのことを、自分達を打ち負かした青学が試合に勝ち進むたびに思い知る。
 敬愛すべき宍戸は、泣きながら試合を後にする鳳に、いいんだ、と言ってゆるゆると首を振った。
 自分達3年が最低の成績しか残せなかったのは確かだけど、でも、俺は最高の試合を出来たと思ってるから。だから。
 鳳はその言葉に救われたし、たぶん、宍戸のことを毛嫌いしていた日吉も救われただろう。勝った鳳たちよりも、負けた日吉にしてみれば。でも、自分達が負けたのは事実で、3年生を全国大会に連れて行くことが出来なかったのも現実で、これが鳳と宍戸にとって最後のペアであったのも確かなのだ。
 苦しくなる胸を押さえ、鳳は小さく深呼吸を繰り返す。
 好きで、好きで、好きで。どうしようもない宍戸が、苦しそうに微笑った姿が忘れられない。自分の無念なんか置き去りにして、他の者を慰めていた宍戸の姿が、どうしても忘れることが出来ない。
 大会の後。鳳が赤くなった鼻を鳴らし帰宅しようとしていると、涙で滲んだ世界に見慣れた人たちが映った。それは密かに想いを寄せている宍戸と、部長跡部で、ゆっくりと通学路を歩いていた。
 彼らの醸し出す雰囲気に、何だか鳳は息を潜めてしまった。
 鳳は何も疚しいことはしていないし、彼らも何もしていないのだから、そう。ただ、何時もの通り挨拶をして帰ればいいのだ。大会に負けたことは悔しいけれど、挨拶だけして脇を通り過ぎて、帰宅すれば。
 視界の中で宍戸が跡部の肩に頭を押し付け、跡部が常には見せない程の穏やかさで宍戸の頭を掻き抱いた。鳳は息をするのも忘れてそれを見詰めていた。暫くして鳳の元へ小さな嗚咽が聞こえてきた。ゆっくりと宍戸の背を擦る跡部は、苦しそうに空を見ている。ぼんやりと、鳳は跡部の視線の行方を探った。跡部は何を見ているのだろう。何を見詰めていたのだろう。
 勝てない気がした。どうしたって、跡部に鳳は勝てない気がしてならなかった。テニスでも、宍戸のことでも。気が付けば鳳は走り出していた。真っ白な頭に、向かっている方向が今来た道で、その先には学校しかないことなど忘れていた。
 この日。鳳と宍戸の夢は消えた。氷帝の目標も失せた。そして、鳳の想いも叶わないものになった。それは確かでどうしようもない事実だった。
 それでも望んでしまう。この恋が叶わないことは知っている。ただ。少しでも、鳳の本当の気持ちが宍戸に伝わるように願ってしまう。
 何年経っても、鳳は宍戸のことを忘れないだろう。宍戸との特訓の日々も。宍戸への想いも。
 鳳は宍戸の幸せを願っていた。誰よりも、真摯に。
 それは泡のように溶けてなくなる優しさに包まれた、琥珀のような想いだった。











初掲載 2005年6月13日