「はい、宍戸。15粒だよね。」
「ん、サンキュ。」
宍戸は滝に渡された大豆を見つめた。氷帝学園は子息ばかりが通うだけあって、いかにも「高いです」と主張している形の良い豆が、一般家庭に育つ宍戸にとっては少し憎らしかった。大豆は確か「畑の肉」と言われるほど栄養満点だ。そんなものを投げてしまって、昔の貧しい人達はどうしていたのだろう。もったいないじゃないか。大体、昔でなくてもこんなに高そうな豆なんだし。
目の前ではモデルガンを使い、向日が忍足に豆をぶつけていた。それはもう、力一杯可能な限りの速度で連射していた。当たるたびにバチバチと大きな音が立った。痛い痛いマジ痛いねんと叫ぶ忍足は、死に物狂いで逃げていた。
そこまで酷くないものの、誰も彼もが忍足を標的にして投げつけている。投げていないのは宍戸と滝、そして2年ぐらいのもので、忍足は素で泣きそうだった。哀れだ。地面いっぱい積み重なった豆は、やはり樺地が掃除するのだろうか。それも可哀相だなぁ、と思いながら、宍戸は再び大豆を見つめた。栄養満点で美味しくて加工できて。文句なしの大豆は完璧だと思う。完璧といえば跡部だろうか。今だって豆を投げているだけなのに、様になっていることが憎らしい。そうやって跡部は女性陣の心をガッチリ掴み取って、独り占めしているのだ。はっきり言って、不本意だが女性よりも男性の心をガッチリ掴んでしまう宍戸にしてみれば、跡部の格好良さはずるく思えた。
「…跡部はかっこ良すぎんだよなぁ。」
宍戸のぽつりと洩らした言葉に、周囲の空気が一瞬止まった。
「し…、宍戸さん?」
「だってさ、マジじゃん。何でそんなにかっこいいんだよ。」
恐る恐るといった感じに、何故か敬語で話しかけてきた向日に、宍戸は胸の内を話した。が、どうしてそのような結論に至ったのか、説明が明らかに足りないことに宍戸は気付いていなかった。
先程まで苛められていた忍足が、向日同様、やはり恐る恐るといった風に首から上だけを動かして跡部を見た。器用である。このようなところまでパートナーとは似るんだぁ俺も負けないように宍戸さんと頑張らなくちゃ、と混乱した頭で鳳は思いながら、真似て跡部を見た。
跡部は俯いていた。
誰もが恐ろしさから良く見なかったが、もしも良く見ていたならば身体が震えていることに気付いただろう。そして赤く染まった耳も。
「…お前ら、外周10周してこい。」
「えーー、マジかよ!」
顔を上げない跡部の言葉に反論したのは宍戸だけだった。誰もが凍り付いていて、何も言えなかった。外は晴れているのに雪がちらつき、とてもではないが寒い。それはわかる。しかし。跡部の指示に逆らうのは怖いし、こんな跡部と一緒に居たくない。
「あの、さぁ。」
その時、初めてジローが声を上げた。
「…けーごが行ってきた方が良いんじゃない…?」
「…。」
無言の跡部に、おそらく宍戸以外の誰もが恐怖した。
「…そうする。」
跡部はジローの提案に賛成し、静かに部室から出て行った。
「変なの、何なんだあいつ。」
何もわからない元凶の宍戸は、今ではすっかり元の長さまで戻りつつある髪を掻いた。
「亮ちゃんっ!ほんまに、…あーもー!!」
「あんなこと言うなよ!バカ宍戸!!」
そして恐ろしい剣幕のD2の詰め寄られ、困っていた。
「…宍戸鈍いね。」
「それでこそ宍戸さんですから…。跡部さんも、何か、…。」
滝は日吉の頭を優しく撫でた。跡部も日吉も鳳も、どんなに努力しても想い人に気付かれることのない彼らの恋が、哀れでならなかった。後ろではジローに鳳が頭を撫でられていた。樺地は豆だらけの床を見つめていた。
部室は先程までの静けさをなかったことにしようと、かなり騒がしかった。
「あーーーーーっ!!!ちくしょっ!!!」
その頃跡部は赤く染まった顔を夕日で隠すかのように、夕陽に向かって我武者羅に走っていた。
「……若さ、か。」
職員室から、ティーカップ片手にふと校庭を見た榊は、夕陽に向かって走る跡部の姿を目の当たりにし、珍しいものを見たと感動した。跡部は気付いていなかったが、その姿は青春そのものの図だった。
初掲載 2005年2月3日