「10代目、頑張って下さい!!」
からりと良く晴れた小春日和。
バレンタインのお返しにということで、ツナが京子を誘って巨大テーマパークに行くことになった。
出立時、照れたようにはにかむと、ツナは手を振って笹川宅の方向へと歩き始めた。足取りは弾むようで、見ていた獄寺は思わず滲んだ涙を拳で拭った。
しどろもどろの様子でデートに誘っている最中も、獄寺は手に汗握って後ろの方で見守っていた。成功した際には涙ぐみ、隣に居た山本に思わず抱きつきさえした(それは一生の恥となったが)。その後、当然の如く獄寺は晴れるように祈祷した。てるてる坊主も吊るした。出来ることはなんでもした。それは行き過ぎた愛情というか、なんというか。問題視されるべきものであったかもしれないが、獄寺は心底主の幸せを願っていたのだ。
当初、このように獄寺はツナを温かい瞳で見送るだけに留まろうとしていた。当日は。
何より、万が一ツナと京子のキスシーンに出くわしなどしたら、次の日からツナを見ることが出来ない気がしたのだ。恥ずかしくて。
だが。
「獄寺、良いのか?右腕だったら、陰ながら援護するものだろうが。」
玄関先で一緒に見送っていたリボーンが、ランボの放ったシベリア直送トマトケチャップ入り雪玉を避けながら言い放った言葉は、獄寺に衝撃を与えた。
陰ながら援護するのならば、いっそ、今までの経験からして何もしないのが良いことを獄寺は未だに理解出来ていなかった。というか、ここまでの時点で既に陰ながら援護していると言えよう。
しかし、そんな現状では不在のツッコミ(リボーン、母、ランボ。誰も入れないのだから、当たり前だ)も、握りこぶしを締める獄寺には聞こえていなかった。
「…リボーンさん!俺が間違っていました!!すみません10代目、今すぐ行きます!!」
はた迷惑なことこの上なかったが、獄寺は本気だった。面白がるようにリボーンの口端が上がったのを、獄寺は知らない。
ツナに後れを取ったものの到着したテーマパークは、休日ということもあり、酷く混雑していた。
これでは見つけることも困難だ、いっそ周りの奴らを爆破して除けるか?などと眉を顰めてパンツのポケットを探った獄寺の肩を叩く者が居た。
「よう、悪童。どうした、デートか?」
へらりと笑う男は見覚えがある。というか、最近頓に会う気がする。「跳ね馬」ディーノだ。獄寺は躊躇なくダイナマイトを取り出す行為の続行を決意した。しかし、ディーノは言う。
「そういや、リボーンから聞いたけどツナ探してんだって?手伝えって言われた。やっぱ、弟分の面倒は兄貴分が見ないとなぁ。ツナなら今あそこに居るぜ?」
ほれ、とディーノが指で指した城の麓には、緊張のあまり挙動不審なツナと天真爛漫な様子の京子が居た。ディーノの思わぬ働きぶりに、獄寺は取り出しかけたダイナマイトをポケットに仕舞った。
しかし見つけただけでは問題が解決しないのも確かで、この後、どのように見付からずして追跡・援護するかが問題なのだ。獄寺の視線がテーマパークを一周し、一点で止まった。キャラメルポップコーンを販売している店員の後方、跳ねている、アレは。
「ん?何見てんだ??…ありゃ、猫か?」
紫とピンクの縞々で彩られたファンシーな猫が居た。珍妙な動きは軽快で、酷く可愛らしい。
獄寺の意図が掴めずきょとんとするディーノを放置して、獄寺は猫の元までスタスタと一直線に歩いていった。歩みに一切の迷いはない。
猫は寄ってきた美貌の少年に、ファンだと思ったのだろう、器用にも両手を振りながら小刻みにジャンプしつつ走り寄り。そして、獄寺に首根っこを掴まれると引き摺られていった。唖然としながら見詰める子供たちがただ立ち尽くしている。現実は時と場合により酷く残酷だ。
ディーノが獄寺の後を追うと、清掃中と板のかけられたトイレから、ドタンバタンと塞ぐような篭る音がした。そして、変わり果てた猫が出てきた。動きが、完全に獄寺だ。据わりが悪いのかグラグラと揺れる頭を片手で押さえている猫から、小さく舌打ちが漏れた。いっそ不貞腐れた猫のような獄寺の仕草に笑ってから、ディーノは後ろに控えていた部下にきぐるみを一体かっぱらってくるようにと命じたのだった。
オプションとして風船まで付いてきた(風船は別の売り物だったはずなのだが、ディーノは深く考えないことにした。ただ、部下の思いやりに礼を告げる)トランプ柄の白い兎を難なく着こなし、ディーノは獄寺の隣を歩いた。晴天とはいえまだ冬だというのに、中は酷く暖かい。いっそ、暑い。獄寺はきつくないのだろうか、と隣を見れば、一心にツナと京子を見ていた。購入したのか、オレンジ色のアイスを手に持っている。酷く幸せそうだ。
ふと。
ディーノは獄寺の肩を叩き風船を握らせると、獄寺の背中をツナたちの方へ押し出した。訳がわからず獄寺がディーノを振り向く。ディーノはジェスチャーで風船を前に差し出す仕草をしてからツナたちを指差した。ハッとしたように獄寺が頷いた。
とてとてとて。
酷く間抜けな、けれど真摯な足音が客達の笑いのさざめきに消える。ディーノは遠ざかっていく獄寺を見ていた。獄寺が風船を差し出す。嬉しそうに京子が受け取る。ツナが良かったねと笑う。
とてとてとて。
帰ってきた獄寺は興奮気味に両手を上下に振り、それからディーノの丸い4本指を手にとって強引に握手をした。そして、思い切り抱きついてくる。
ツナもここまで悪童に想われて幸せだな。
ディーノは着膨れて長さの足りない腕を、獄寺の背中に回そうとしたが回りきらず、結局届くだけ抱きしめた。周囲では、不思議そうに観衆がカメラを構えて、二人の様子を撮影していた。
「風船良かったね、京子ちゃん。」
「うん、ツナくん!また今度来よう。」
「う、うん。」
今度って、またって、どうしよう嬉すぎる!と真っ赤に染まった頬を隠すように俯いたツナの隣で、京子の小さな叫び声がした。
「あ、風船が。」
真っ赤な風船は風に呑まれ、見上げるカップルも知らぬ素振りで空高く舞い上がっていった。
上ってきた風船を小さな掌で華麗にキャッチし、リボーンは隣で双眼鏡を手に感動している男をちらりと見た。感涙である。何ていうか、凄いの一言に尽きよう。
「良かったな。」
「本当に、ありがとうございます。リボーンさん。」
「いや、俺の元生徒だ。これぐらいのアフターサービスはしよう。」
眼下では、正気に戻ったらしい獄寺が恥ずかしさのあまり暴れてディーノの抱擁を振り解こうとしているが、効果はない。現在、ディーノの周囲には部下が居るのだ。当たり前といえば当たり前だった。
「あんなに幸せそうに楽しんでいるボスは、めったに機会を作らない限り見れませんからね。」
奥手ですから、と苦笑するロマーリオの横で、リボーンはそうだな、と呟いた。
アフターサービスだなんだと言いつつも、キャバッローネファミリーから振り込まれる報酬はウン十ドル。ツナ関連において行動の読みやすい獄寺をたんにけしかけて得られるのならば、決して悪くはない仕事だった。労力は酷く少なくて済む。それに。
リボーンは不敵に微笑んだ。
おそらくディーノの恋が成就するまで、いや、獄寺相手ならその後も続くであろう。
しょせん、全てはリボーン様の掌の出来事。
とんでもなく収入の見込める小遣い稼ぎが存在している事実を、当事者達だけは知らないのだった。
初掲載 2005年8月27日