花束を君に


 鍵を取り扉を開けると、甘い香りが鼻をくすぐる。獄寺は顔を顰めた。
 「…またかよ。」
 玄関に置かれた薔薇の花束に、もはや誰が何のためにどうやって侵入して置いていったのか問う気も失せていた。気が付いたら勝手に侵入され、そして毎日のように薔薇が置かれていくのだ。血の様に情熱的な真紅の薔薇が。正直鬱陶しいが、けれど棄てることも出来ず、獄寺は何時ものように花束を手に取り、生けるために洗面所へと向かった。
 一人暮らしの獄寺の自宅には、花瓶などという洒落たものはない。あったとしても此処1ヶ月余り続いたプレゼントのせいで足りなくなっていただろう。こんなことだろうと帰宅途中コンビニで購入してきた瓶のコーラをグラスに空け、薔薇を挿していく。獄寺は慣れ始めた自分に嫌気を感じながらも、挿しきらなかった分は枯れた花を棄てることで瓶を空けた。壁を占領する逆さ吊りの色褪せた薔薇に頭が痛くなりながらも、ソファに腰を埋める。
 獄寺の記憶が確かだったならば、ローマの薔薇好きの皇帝が部屋に敷き詰め、結果窒息死した筈だ。これは獄寺を殺そうとする罠なのだろうか。あのへらりとした間抜けな笑みと太陽に煌く金髪、そして穏やかな光を湛えた瞳に、それは無いかと頭を振った。では、どういうつもりなのか。
 ふいに、彼に放った言葉を思い出した。雪合戦の際に戯れに交わした言葉を。
 「どんなものを貰ったら、喜ぶんだろうな。悪童、お前だったら何を贈られたら惚れる?」
 それは沢田だけに心酔し女性に興味など未だ持ち得ない獄寺にしてみたら的外れでありえない問いだったが、獄寺は表情は笑いながらも真剣な瞳の彼に、きちんとした返答を返さねばと思い、イタリアに居た頃にシャマルが口にした言葉を答えにした。女たらしのシャマルの哲学ならば、最も返答としてあっている気がしたのだ。
 「どんな気難しい女でも、毎日花を贈られたらメロメロになるらしいぜ。」
 決して真紅の、それも薔薇だなんて答えたつもりもなかったし、花束などと量が多ければ良いというものでもないと思うのだが、これはやはりそういうことなのだろうか。確かに彼は女性に贈るとは一言も言ってはいないし、内容も獄寺に質問するにしては色を含んだものだった。
 獄寺は薔薇を1本手に取った。丁寧にも棘の抜かれたそれは若干人工的な気がしたが、香りよりも見た目を選んで改良を加えられてきた薔薇は元々人工的なのかもしれない。獄寺は花弁を一片千切ると口に含んだ。甘ったるい香りとは違う味は、何処か苦かった。











初掲載 2005年5月5日