フミキリ


 学校帰り。俺は珍しく沢田さんとも山本とも帰宅せずに、学校から10分ほど歩いたところにある土手にいた。
 陽はもう落ち始め、辺りは夕日に紅く染まっている。もう冬も半ばだから、この時間帯正直寒い。俺は暖を取ろうと、手袋のない手に息を吐きかけた。立っているのもなんなので座り込んだ芝生は、露が降りていて、ズボンが湿った。
 ガタンガタン
 目の前をオレンジ色の電車が通り過ぎていく。俺はただその光景を眺めていた。
 電車による轢死死体は酷いものだという。また異物が入り込んだ結果、交通機関に生じる損害は途方も無いものだとも聞いた。
 しかし俺の実家の資産があれば、その程度の損失を補うことは難しくない。
 少し。そう、少しだけ踏み出せば良い。そうすれば―――
 俺はそこまで考えて、頭を振ると勢い良く地面に倒れこんだ。
 別に死にたいわけではなかった。ただ、前に進みたくないだけだ。どうすれば、俺は今に居続けることが出来るのだろう。明日が来なければ良いのに。
 皆とまだ騒いでいたい。この時を共に過ごしていたい。居心地の良い今を、友と共に。
 イタリアでは接することの出来ない人間との日々は楽しかった。
 まだ、俺は今に留まっていたかった。
 けれど、俺は決断をしなければならなかった。いつまでも此処に留まっている訳にはいかなかったのだ。
 すでに耳に馴染んでしまったメロディが流れ、俺は携帯を鞄から取り出した。その曲は、ソーメンパンを買うため購買に行っている間に悪戯で山本専用に設定されたものだった。
 「ん、何だよ。」
 我ながら驚く位、いつも通りの不機嫌そうな声だった。
 大丈夫、俺に不自然なところはない。気付かれてはいけない。此処にまだ、踏みとどまっていたくなるから。
 「あぁ、数学の課題?ソレ位テメェでやりやがれ。俺にいつまでも頼るな、うぜぇ。」
 頼られることは嬉しいけれど、これからは沢田さんと二人でやっていってもらわねばならないから。俺が居なくても、リボーンさんが居るから。
 だから。
 「あー、わかったよ明日見てやるから。あー、ん。…じゃ、な。」
 まだ何か言う声が聞こえたけれど、俺は問答無用で電源を切った。そのことで、俺の中の迷いも消えたようだった。
 明日が来ないことはわかっていたけれど。
 「悪ぃ。」
 先ほどとは逆方向から走行してきた電車が眼前を通り過ぎ、俺はそれを眺めてから起き上がった。寸前まで悩んで、ギリギリまで考えて、ようやくだったけれど。
 踏切はついたから、俺は、行く。


 「獄寺はイタリアに帰国した。」
 低血圧で朝姿を見せないことが多い極寺を、またか、と心配することなく噂していた沢田と山本が、彼の帰国を知ったのは、朝のHRでの担任からの一言だった。












初掲載 2005年12月7日