God:07「世界を閉じたふたつの瞳」   ※死にネタ


 「世界が本当にあるのかなんて誰にもわからないさ」
 そう言って、楽しそうに笑う人だった。
 彼の言葉の意味がわからず首をかしげる私に、彼は当時はまっていた食堂の地中海風パスタを巻きつけたフォークの先を、行儀悪く私に向けた。それは彼の癖で、今にしてみれば毎回私は嗜めていた気がする。
 彼は注意されるとばつが悪そうに小さく笑って、フォークの先を下げた。パタリと白い皿にトマトソースが垂れて、赤く小さな丸を描いた。
 「例えばさ、」
 それは彼の口癖だった。
 「例えば世界があるとして、誰がそれを証明できるんさ?」
 「神様がいらっしゃるわ。貴方もそれは承知でしょう?」
 自明の理だと断じる私に、彼は珍しく年相応に瞳を輝かせて言った。
 「でも神がいるからって、世界があるだなんて本当のところはわかんないさ。」
 「どうして?」
 「だって、俺が死んだらホントのところなんて、ぶっちゃけた話わかんないさ。そこで俺の意識は潰えるんだから。」
 自分の興味のある話題に関してはいつもの冷めた様子を捨て去り、無邪気に身を乗り出して、それはとても楽しそうに笑う人だった。
 「だから実際のところ、世界は俺が見てる幻で、俺が死んだら世界だって終るかもしれないさ。」


 「戯れでも死ぬなんて言わないで。」
 私はいつもの調子で、そう彼を嗜めるべきだったのかもしれない。けれどその言葉を口にする彼はあまりにも楽しそうで、彼の演説に水を差すことも出来ず、私はつられて微笑むしかなかった。
 毎日毎日。楽しいばかりとは言い難い日々だったけれど。
 笑い合う、日々だった。


 その瞼が再び開けられることがないことを、私は痛いくらいに承知していた。彼の瞳を閉ざしたのは、他ならぬ私だった。
 彼を永遠に死から遠ざけるだけの力が私にあれば、私が精神を揺るがすことさえしなければ、彼は仮初ではあっても生き続け、死に続けていたに違いない。
 私が力尽き瞼を閉ざしたとき、彼もまた眠るようにしてこの世界から遠ざかってしまった。
 神の御許で彼はいつかのように笑っているのだろうか。それとも、これらは全て彼の見た夢だったのだろうか。
 あるいは彼の説から言えば、これは私の見ている夢なのだろうか?
 「ラビ、くん。」
 私の眦から無力な涙が不甲斐無く零れ、彼の頬にポタリと落ちた。
 彼は瞼を閉ざすことで私の世界を終らせた。真偽のほどは別として、少なくとも彼は私の世界の主だったのだ。











初掲載 2006年12月18日
Rachaelさま