隊首会も開かれるということで、現世の報告を携え俺は一旦尺魂界に戻った。久しぶりのモノクロの世界は色が澱んでいて、其れは世界に起因するものなのか俺の心情に由るものなのか。俺は白い太陽の輝く空を見上げた。無情なまでに焼け付く太陽に、俺は、何処か背筋が冷えるのを感じた。
隊首会が終わり、山本総隊長が一目雛森を見ていけ、と俺に言った。雛森とは先日の通信以来、連絡を取っていない。俺は小さく息を呑み、山本総隊長の命に黙って頷いた。
雛森の病室は、四番隊の担当棟と十二番隊の担当棟の丁度境目に在った。
その棟で両隊の提携の下、口外できぬ醜聞が行われていることは難なく想像できた。共同研究のための検体を探し出してくる任務も、一番隊時代には行ったからだ。
当時、山本総隊長は無慈悲なほど俺に残虐な任務を宛がった。神童として名高く聡明でありはしたが、精神的にまだ寄る辺を探している幼子を、山本総隊長は早く大人に変えたかったのだろう。世の中には正義だけでは裁けないことが数多くある。善や悪だけでは識別できない事象が、あまりにありすぎる。
雛森の処遇も、その中の案件の一つだった。
表向き、雛森は未だ傷が癒えず入院していることになっている。副隊長ともなれば個室が道理であるから、隔離されていても大して怪しまれることはない。其れゆえ、雛森が監禁されている事実を知っている者は、副隊長以上に限られた。
「日番谷隊長、こちらへ。」
卯ノ花に手招きされ、俺は白い無機質な室内に足を踏み入れた。雛森の好きな紅葉がほどよく色付いて、花瓶に丁寧に活けられているのに。部屋は、味気なかった。呼吸を忘れた骨のような冷たさが部屋にはただ漂っていた。
「現在雛森さんの意識ははっきりとしないようにさせて頂いています。室内には薬香を焚いていますので。そうですね。四半刻しか面会は許可することが出来ませんが。」
「それで良い。」
薬香が、大麻と研究の果てに作り上げた鎮静剤のどちらを指すのか、俺にはわからなかった。しかしわからずとも俺には関係なかった。わかっても、何も出来ることなどありはしないのだから。俺は小さく深呼吸をしてから、雛森と入り口とを遮るカーテンを開けた。
「藍染隊長だってでも何処かに一欠けらの真実くらいあったと思うの。」
刀で貫かれた痕が消えることはないのに、痛みを抱えて雛森は微笑む。口端を持ち上げ、瞳は弓なりに。それは笑顔であるはずなのに決して笑っていない。能面のようにのっぺりとした、まるで張り付いたかのような笑みを浮かべて、雛森はぼんやりと何処か遠くを見る。
「全部あれは演じてて作ってただなんて言ったけれどあの優しさは本物だもの私にはわかるの。」
雛森の処分を止めたのは俺だった。
山本総隊長は雛森が寝返るのではないかと危惧を抱いており、現世と尺魂界間の通信の折に発した一言を機に、処刑は決まっていた。
あの京楽や浮竹も現在の雛森の精神状態に不安を感じている。同期である阿散井や吉良ですらも危ぶむほど、雛森の精神は彼岸との境目で揺れている。
崩壊寸前の魂。綱渡りの。
俺は処刑に反対した。止めたのは、単なる、俺のエゴだった。
俺の相槌など待たずに、雛森は続ける。
「私にはわかるのよ藍染隊長はそんな人じゃない誰かが藍染隊長の優しさを利用したのよ。」
いっそ殺めて、再び現世に返してやる方が雛森の身のためなのかもしれない。新しい生を営み、新しい恋に胸を痛め、女であることを謳歌する。
だが其れが出来るのであれば、俺は、雛森の最善のために其の道を既に選んでいたことだろう。
こんなに疲労を感じ、殺してやりたいくらい憎悪を感じることもあるのに。幼なじみとは奇なものだ。俺と雛森も、松本と市丸も。道を違えて尚、愛が勝ってしまう。あまりに魂に馴染んでしまって、手放すことが出来ない。
俺は乾ききってかさかさになってしまった雛森の手の甲を撫でた。
「私にはわかるのよ。」
狂った確信を秘めて、雛森が、啼いた。
初掲載 2006年6月4日
モノカキさんに都々逸五十五のお題さま